お前が望むなら……
 僕はそれを、甘んじて受け入れる。
 それをお前が、願うなら……





 If you want it...





「おい、……もう5時だよ」
「ん……」

 店の奥、ソファーにもたれかかるようにして眠る
 僕はそっとの隣に腰掛ける。

 はあの日から……兄が失踪した日から、ほぼ連日連夜メフィストへ通っている。
 しかし、彼女の本業は学生。昼間は大学へ行って勉強しているのだ。
 寝不足になるのも、当たり前だ。

 薄明かりに照らされたは、白く血の気の無い顔をしている。
 目の下には、薄っすらとクマが見える。化粧で誤魔化しているようだが、見る奴が見れば一発で分かってしまう。
 しかし、僕にはを止める権利なんて無い。
 コイツが、兄を追い求めるのを、僕は……いや、僕たちは止めることなんて出来やしなかった。

 目的はいつも、その者の生きる意味となり、糧となる……。
 それを、俺たちは嫌というほどに分かっているから。

……」
 そっと頬に手を添える。
 がぴくんと反応する。
「ん……ぅ……お兄…………」
 兄の夢でも見ているのだろう。
 が一瞬、微かに微笑んだ。

 の兄。
 僕に瓜二つの姿形。
 聞くところに寄れば、性格までも似ていると言うから驚きだ。

 はいつも俺に言う。

「翼はホント、お兄にそっくりなんだよ……」

 そう言って寂しそうに微笑む。
 僕はその度に、言いようの無い気持ちに駆られる。
 の言葉が胸に刻まれる。


「翼といると、お兄といるみたいに安心する……」
「お兄……じゃなかった、翼の言うことなら、私何でも聞くよ!」
「ねえ翼、お兄って呼んじゃ駄目?」
「お兄はもっと優しかったよーだ! でも……翼もホントは、とっても優しいよね。お兄みたいに……」



 の気持ちは、よく分かってるつもりだ。
 アイツが兄を想う気持ちは、きっと何よりも強い。
 俺たちが、この呪われた体を治したいと思う気持ちにも匹敵するだろう。
 
 でも……
 俺は最近……どうしようもなく、苦しい。
 が「お兄」と呼ぶ度、比べる度、どうしようもないほど切ない気持ちになる。

…………」

 いっそのこと、の記憶を無くしてしまえたら……俺という存在を忘れ、兄だけを追ってくれていたなら……そんなことを考える。
 誰かの想いが、こんなにも俺を縛るものだったなんて……人間じゃなくなって、何百年も経った今になってようやく理解する。

 こんな苦しくて、切ない思いをするなら……
 に出会う前に、俺を戻してほしい……。

「……ん……?」
 が薄っすら目を開ける。
 虚ろな瞳には、まだ夢の中の余韻が漂っている。
……」
「…お兄ぃ……帰ってきてくれたんだ…………」
「っ……」
「お兄……もう、どこへも行かないでね……」
 寝ぼけているのか、俺を兄と間違えているらしい。
 しっかりと俺の手を握ったまま、はまた小さく寝息を立て始めた。

「……俺は……の『お兄』じゃない……っ」

 呟きは、虚しさを纏いながら消えていく。

「お兄なんて呼ぶなよ……俺は翼だって言ってるだろ……」

 色々な感情が溢れてくる。
 この感情は何て言うのだろう。
 ……いや、本当はよく分かっている。俺は、この感情の名前を知っている。

――――嫉妬だ。

 俺は、未だ見ぬの兄に嫉妬しているのだ。
 いつでも、どんな時も、の心を独り占めしているそいつに……。

「いつになったらお前は……僕を『お兄』じゃなくて『翼』として見るんだよ……!」

 俺はの兄じゃない。
 俺は椎名翼。
 どんなに似ていようが、俺とそいつは別人なんだよ?
 俺は……どんなに頑張ったって、お前の兄になることは出来ないんだ。

……」
「……お兄……ちゃん……」

 でも……
 が目を覚ましたら、俺はきっと何事も無かったかのように振舞うんだろう。
 がそれを望むなら、俺はそれを受け入れてしまう。
 兄の代わりをアイツが俺に求めるのなら……俺はそれに応える。

「……もう、どこへも行かないでね……」

 それでの気持ちが救われるなら……


 目を閉じた俺は、虚空に向かって呟いた。



「……行かないよ。俺はずっと、と一緒だよ……」




back>>


翼姫のご登場です!!キャーq(´▽`llllll)(llllll´▽`)pキャー(うざい)……こほん。やっと、翼を書けて、今ハイテンションですvvv姫様ーー☆
今回のテーマは「切ない思い」ですかね。姫は、結構感受性が強い設定となっているので(桃井の中では)ちょっと色々気持ちを溢れさせてみました。翼は、ヒロインに対し「俺と兄貴を重ねて見るな!」と思ってるわけですよ。ヒロインは鈍感じゃありませんが、兄のことに関しては他のことが見れなくなる子なので……翼の思いには気付かないといったところでしょうか。でも、結局はヒロインのために、敢えて兄貴の代わりを演じ続けている翼……なんて切ないの!?と陶酔して書きました(おい)いや、切ない系がホント好きなんで。しかも、切ないのがばっちり似合うのって、実はあんまりいないんですよ……。姫は適任だったわけで、こんな感じになりました。今までで一番短いですが、一番しっくりとまとまったので満足ですv さてさて、次は三強の最後ですね。キムチ魔王はギャグで逝きます(爆笑