「お待たせしました!」
「…………」
「……あの……」

 俺は、彼女を見た瞬間――――負けた……と思ってしまった。

 何と言うか……決まってる。
 一つに纏めた髪に、バーテンスタイル。
 男性で通すにはあまりにも美しすぎるが、化粧の魔力なのか、渋沢の力なのか。逆に、中世的な雰囲気を醸し出している。





 
Recovery





「じゃあまず、グラスの注ぎ方から。ここを軽く布で押さえて……」
「こ、こうですか?」
「そう……あと、ラベルが見えるように……」

 俺の隣で、緊張のあまり、ぎこちない動きを繰り返している女性…………今は、男装をしているが。
 
 ついこの間、突然この店に現れた大学生だ。
 何でも、街で行き倒れていたところを、椎名が拾ったらしい。

「水野君、どう!?」
「うん。綺麗に注げたと思う」
「本当に!? 良かった〜」

 くったくの無い、綺麗な笑みを浮かべる彼女。
 彼女は俺たちの秘密を知る、ただ唯一の人間。
 そして……俺たちと契約を結んだ、類稀なる存在。

「じゃあ次は、出迎え方」
「はいっ」

 その関係はまるで、ファウストとメフィストのようで。
 俺たちは、彼女の兄を捜す手助けをする代わりに、彼女の兄が握っているであろう情報を手に入れる。
 彼女は俺たちの秘密を知ってから、その情報収集も兼ねて、毎晩この店へ通っている。
 勿論、客としてはでは無い。実際に来店する客と会話し、少しでも情報を集める気らしい。つまりは、この店の従業員として働き始めたのである。
 そしてホール責任者の俺が、接客の基本を教えているところだ。

「ご来店された方には、45度より手前で止める。そして、お帰りの際には90度しっかり頭を下げるんだ」
「は、はいっ……」
 ぎぎぎぎぎ……と身体を軋ませながら、深々と頭を下げる彼女。
 顔が真剣になりすぎて、強張っている。
 何だか、昔の自分……と言ってもどれだけ昔だったのかは分からないが、それを思い出す。
 接客が特別得意というわけでもない自分が、まさかこの時代、ホストクラブで働くことになろうとは夢にも思わなかった。

「おいおい、力入りすぎてる」
「ご、ごめん……」
 ふと、彼女の首筋に目がいく。
 白くて柔らかそうなソコから目が離せない。
「……血、欲しくなった?」
 見上げるような格好で、お辞儀をしたまま顔だけ上げる彼女。その瞳には、恐怖の色は見えない。
「……悪い。ちょっと、休憩してくる」
 これ以上このままでいると、目の前の女性を傷つけることになると判断した俺は、そのまま地下へ降りようとする。すると、腕を引っ張られた。
 振り返ると、彼女は一輪の真紅の薔薇を手に持っていた。
「これは……」
「ちょっと一本、くすねてきたの。これ、あげる」
「本当か? それは有難い――――」
 手を伸ばして取ろうとすると、彼女はそれをひょいっと離した。
「タダじゃあげれません」
 それ、うちの店のじゃないか……と突っ込みたくなったが、そんな元気も無い。早く力を補給しないと、倒れそうだった。
 最近、全く吸血行為をしておらず、薔薇でさえ口にしていなかったことに、今ようやく気付いた。
「私のお願い聞いてくれたら、これあげます」
「……分かったから、早くそれをくれ……」
 この言葉を聞いた彼女は、にっこりと笑うと、悪戯っぽく言った。
って呼んで」
「……は?」
「水野君ってば、私の事『君』とか『お前』とかしか呼ばないし。他の皆は名前で呼ばせてもらってるけど、考えてみれば貴方だけクン付けだしさ」
「…………」
 そんなことでいいのか……と安堵する。俺は間髪入れずにこう答える。
……その薔薇をくれ」
 満足そうに笑ったは「はいv」とその薔薇を手渡した。
 俺は目を閉じて、薔薇に口付ける。
 僅か数秒で萎れた薔薇の残骸を見て、は不思議そうな顔をした。
「……前から思ってたんだけど、どうやって薔薇の生気を吸い取ってるの?」
「生気を吸い取ってるわけじゃない。普通に……薔薇の成分を吸い取ってるんだよ」
「どうやって吸い取るの??」
「……普通に。俺たちの体液には、特殊な成分が含まれてるらしくてさ。何故か知らないけど、薔薇の花びらだけが、ああいう風に枯れるんだよな」
「へえ……」
 感心したようにが頷く。
 自分自身、何で薔薇なのか分からない。ただ、いつだったか。薔薇の花園を見た時、仲間数名と無我夢中で薔薇にかぶりついたのが最初だった。まあ、不老不死の薬が謎の成分でできていることを考えれば、こんな副作用的な症状が出ても驚きはしない。吸血化が幅作用として出るくらいだ。今更どんなことが分かっても、何も思わないし感じないだろう。

 でも……は違う。
 普通の人間は、俺たちのことを気味悪いバケモノ意外の何者にも思わないだろう。
 今だって、本当は……。
「でもさ、薔薇を食すなんて、お洒落だよね」

――は?
 コイツは今、何て言った?

「お洒落ってお前……」
「だって薔薇だよ? すごい耽美な感じじゃない」
「あ、ああ……まあな……」
「しかも血の代わりも出来るんでしょ? お洒落だよねぇ」
「……」

 何と言うか……呆れる。
 こんなこと、言われると思っていなかった。
 
 血の代わり……まではいかずとも、喉の渇きを止めることは出来る。
 俺だって……出来ればこの先、血なんて飲みたくない。
 人を傷付けてまで、自分の欲望を満たすなんて……。

「さて、お仕事しなくちゃ」
 は枯れた薔薇を拾い集めると、何事も無かったかのように入り口へと歩いていった。俺は反射的に、その後姿に声を掛けていた。

っ……」
「――――絶対に、その身体治そうね。……竜也」
「!!」

 振り返って笑ったに、俺は目を奪われた。
 その凛とした姿は、まさしくファウスト。
 俺たちが忠誠を誓った、ただ一人の……。

「……ああ、もちろんだ」



 もうすぐ開店。
 メフィストの目覚めがやってくる。
 力が……漲る。

 闇に閉ざされたその扉を開いた俺は、一際大きな声を張り上げた。

「ようこそ、メフィストへ!」





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 ハイ、第二部「短編集」第一弾はたつぼんです。彼は本編ではあんまり絡みが少なくて可哀相だったので、敢えてトップバッターにしてみました(笑)不幸な男、ここに参上てな感じ。 私、たつぼんと竹巳は、いい管理部門ペアになると思ってるんですが、皆さんはいかがですか? 胃を押さえて働くたつぼんと、いけしゃあしゃあとやりたい放題の竹巳は、とっても素敵だと思いますwww たつぼんは、笛キャラ一の優男だと思うので、フロントはこの人で決まり!!と即決しました。優しい物腰de賞で、彼の右に出る者はいないと思われ。 薔薇の秘密はあんな感じで適当です(おい)いや、唾液に特殊な成分が含まれてるとでも思ってください。あ、チューとかは全然問題ないんで。ヒロインとも全然オールオッケーで(ノ;;|||`〓´|||)ノ ちゅぅ〜☆できます(笑)こっから、彼の報われない片思い人生が始まります(爆笑)→酷い