「ねー竹巳」
「何?」
「どうして竹巳は、管理部門担当なの?」
「それは……」





 
JOKER





 メフィストで働き始めてしばらく。
 男装にも慣れたし、接客にも慣れてきた今日この頃。
 管理部門としての仕事も、少しずつだけど覚えてきた。
 そして今は、竹巳と二人、今月の売り上げの計算に勤しんでいるところ。

「うわ……相変わらず、翼の売り上げすごすぎ……」
「椎名さんは、うちの店の顔だからね」
「さすがはトップ3……桁が違うわ」
 あの顔で「ドンペリ入れてみない?」とか言われたら、乙女なら思わず頷くに違いない。しかも翼を指名するのは、どこぞの金持ちばかり。金は有り余ってるわけで。
「うー……この世は経済格差が激しいのよ」
の家は……結構な富裕層じゃないの?」
「……別に。私、ずっとお兄と二人暮しだったし。多分親がお金振り込んでたと思うけど、興味なかったし。会計管理は、お兄担当だったから……」
 刺のある言い方をしてしまったと思い、慌てて竹巳の様子を窺う。
「あ、ごめん……嫌な言い方してるよね、私……」
「ううん。俺こそ、言いたくない話させたみたいで……ごめん」
 竹巳は私を気遣ってか、すぐにこの話を打ち切った。
 前から思ってたけど、竹巳は人の気持ちにとても敏感だ。そういうところ、すごく好感が持てる。
 話を変えようと、私は前から気になっていたことを尋ねた。
「ねえ、翼の横のQって何? 亮にはK、英士にはJってあるけど……」
 売り上げ明細書の名前の欄に、小さくアルファベットが振ってあるのだ。
「あ、克朗にはAが振ってある」
 一生懸命考えていると、隣の竹巳がクスクスと笑いだした。
「クス……大したことじゃないよ。ただ、ちょっとしたお遊びなんだ」
「お遊び?」
 ?マークを頭から出す私に、竹巳は笑った。
、覚えてないかな。俺が郭のこと『ジャック』、椎名さんのこと『クイーン』って呼んでたの」
「……あ! あの時?」
 あの……皆の秘密を知った日のこと。
 私を呼びに来た竹巳が、確か二人のことをこう呼んでいた。
「思い出したみたいだね。そう。これは、トランプのJQKに皆を喩えてるんだ。トップ3の三人の呼称とも言うね」
「へぇ……」
「キングが三上先輩、クイーンが椎名さんって言うのは、ただ見た目の問題だけだから」
「ぷっ!」
 竹巳のさり気無い一言に、思わず吹き出す。

 確かに……女王様と言えば、翼しか考えられない。何ていうか、立ち振る舞いが女王様。
 キングでもいいけど、女王を是非勧めたい。ま、こんなこと本人の前じゃあ死んでも言えないけど。

「俺たちの店ではね、ヘルプに着くホストのことを『Knight』って呼ぶんだ。例えば、『クイーンにナイト二人付けてのご指名です』みたいにね。あ、キャプテンの横のAは、エース。一番強いって意味。つまり、オーナーを示してるってわけ」
「へえ〜! 何か面白いね」
「全部キャプテンの趣味。ちなみに最初はココ、ホストクラブじゃなくて『ゲイバー』だったし」
「ひっ……!!」
 全身に鳥肌が立った。ま、まじっすか!?

 克朗の笑顔が浮かんでくる。
 あの笑顔はやっぱり……黒いってことか。
 でも、ゲイバーは無いだろう……ま、客は沢山来そうだけど。。。それもちょっと問題あり。

「もちろん、俺たち全員が猛反対して却下。無難にホストクラブに落ち着いたってわけ」
「あ、あははは……そりゃあ反対するよね」
 苦笑いしか出来ない。
 ホント……ホストクラブで良かったとしか言いようが無いです。
「ああ……どんな手段を使っても、阻止しようとしたよ。……色々やったなぁ。火あぶりとか、水責めとか……」
「拷問!?」
 昔を思い出している竹巳から、とてつもなく黒いオーラが見えるのは気のせい……ということにしておく。ていうか、自分の仲間を拷問にかけるってどうよ? 人としてどうよ? あ、彼らは吸血鬼だから関係ないのかな?……いやいや、そんなことあるはずない。これは明らかに…………竹巳の独断だ。
 とりあえず、物騒な話題から遠ざかろう。
「で、でもさ、ナンバー3までが変わったら、この呼称も奪われちゃうの?」
「うん。そうだね。これは、トップ3までに付けられるものだから」
「そうなんだ……あ、もしかして、赤青白の薔薇も??」
「うん。だから皆、薔薇持ちを目指して、頑張ってる」
 翼は赤。亮は青。そして英士は白の薔薇を持っている。
 これは、トップ3だけが持てる称号の一つのよう。はぁー……何だかとてつもなく「耽美」……。
「目指してるのは薔薇持ちって言うより…………血液パックじゃないの?」
「……そうとも言うね」
 竹巳が妖しく微笑む。

 そう。彼らの決まりごとの一つで、トップ3になると、支給される血液パックが通常の2倍になるというのだ。
 血液パックとは、その名の通り「血液がパックしてあるもの」。
 彼らは吸血鬼。人の生血を飲まなければ、生きていくことが出来ない。もっとも……死ぬことも出来ないが。
 ではどうなるのか。
 以前に翼に聞いたことがある。
 あまりにも血への欲求を抑えすぎると……自我を失い、完全な化け物に成り果てるのだと。
 誰彼構わず、血を吸おうと襲い掛かるようになってしまうらしい。
 この話をしてくれた時の翼は、本当に辛そうだった。多分……そうなってしまった仲間を見てきたのだろう。

「薔薇よりは、遥かに効くからね。皆、必死だよ。最近は手に入れにくくなって、値段が鰻上り状態だから……」
 溜め息をつく竹巳に、私は思わず突っ込む。
「……そういう割には、竹巳はすごく元気そうじゃない」
 にっこり笑う竹巳。
、俺は経理担当だよ?」
「…………」
 つまり「俺が財政の全てを管理しているんだから、俺が飢えるはずないだろ」ということだ。
 確かに、そうですよね。聞いた私が馬鹿でした……。
「でも……亮、お客さんの血……」
 言いよどんだ私に、竹巳は頷く。
「三上先輩は血気盛んでね。時々我慢できなくなると、お客さんを懐柔してああいうことするんだよ。まったく、次やったらどうしてやろうか」
「ねえ竹巳……やっぱりあのお客さんは……」

 あの日のことを思い出す。
 血を啜る、吸血鬼の姿。亮が女性の首筋に、噛み付いていたあの夜のことを……。

 「死んじゃったの?」と聞く前に、意外な言葉が竹巳から紡ぎだされた。
「ああ。ちょっと貧血になったかも」
「……貧血?」
「うん。献血したようなものだしね。あとは、牙の痕が少し残っちゃうかもしれないなぁ」
「え、あの……」
 私が何を言いたいのか分かったのか、竹巳は苦笑した。
「……、もしかして俺たちが血を吸った人間は、死ぬとか思ってた?」
 こくりと頷く私。だって、そうじゃないの?
 竹巳は「まいったなぁ」と頭を掻いた。
「俺たちこれでも、相手が死ぬまで血を吸ったことは無いよ。正体がばれそうになって……止むを得ずっていう場合は別だけど……」
「そうなの……?」
「俺たちに血を吸われた人間はね、その前後数時間の記憶まで失くすんだ。だから多分、あのお客さんも気付いた時には家にいて、『ちょっと飲みすぎた?』くらいにしか覚えてないんだ」
「……」

 翼が、私の血を吸おうとしたのは、記憶を消すためだったんだ。
 そういえばあの時……亮に嫌味を言われた翼は「……このまま何も無かったことにするのは……」って言ってた気がする。
 それ=記憶を消すってことだったのか。殺されちゃうわけじゃなかったんだ……と、今更ながらに安堵する自分がいた。

「すごい能力ね……」
「アハハ……本当、どこまでも都合良過ぎて笑っちゃうよ」

 でも……そう言って笑う竹巳は、すごく淋しそうだ。
 当たり前だ。楽しいはずが無い。
 それはきっと……すごく辛いこと。

 話題を変えようと、竹巳に笑いかける。
「そ、そうだ! ずっと聞きたかったんだけどね……」
「うん。何?」
「何で竹巳は接客やらないの?」
「何でって……」
「だって、容姿もあって、管理能力もある。話術だって長けてるし、絶対に人気ホストになれると思うんだけど!!」
 興奮して一気に捲し立てる私に、竹巳は面食らったような顔をしている。
……?」
「あっ、ご、ごめん!! つい興奮しちゃって……」
 恥ずかしさで狼狽する私に、竹巳は吹き出した。
「プッ…………アハハッ……」
「た、竹巳……笑わないでよ……」
「アハハハッ……は本当に可愛いね……アハハッ」
「か、可愛いって……/////」
 しばらく笑い続けた竹巳は、目尻に浮かぶ涙を拭うと、悪戯っ子のような笑みを浮かべる。
「……理由、知りたい?」
 普段はあまり見せないその表情に、思わず心臓が跳ね上がる。

 ……危険な輝きを帯びたその瞳から、目が逸らせない……。

「し、知りたいっ!」
 その返答に満足そうに微笑んだ竹巳は、私の耳元で囁いた。
「――――…………」
 そしてそのまま立ち上がると、「うーん」と伸びをした。
「えっ……!?/////」
「さて……そろそろ水野と交代しないと。、残り宜しくね」
「えっ、あ、ちょっと――――」

 竹巳の残り香がふわりと漂う。
 一人取り残された私は、火照った顔を押さえる。

 ……今のって……何?!


――――ファウスト様を独り占めできるからだよ……


「えぇぇっ!?//////」






――その頃、フロアにて……

「よぉ笠井。お前、やけに血色いいじゃねぇか」
「三上先輩と違って俺は、満たされてますから」
「ちっ……でもお前、血ぃ吸ってきたわけじゃなさそうだな……血の匂いがしねえ」
「クス……心が満たされれば、案外血なんて必要ないかもしれませんよ?」
「あぁ? んなことあるわけ……」
「ほら三上先輩、いつもの子、きちんと先輩の席へ案内しておきましたから」
「なっ!? 俺がアイツ苦手なの知ってるだろ! 何でわざわざ俺のとこに――――」
「早く行かないと、何が起こるか分かりませんよ」
「てめっ……ふざけん――――」
「あーあ……先輩の青薔薇、次は誰が持つんだろうなぁ。あ、血液パックも名前書き換えないと……」
「だーーっ!! 分かった! 分かったからもう言うな!! ……っち!! いつかぜってー絞める!!」
「クスクス……やっぱり三上先輩は面白いなぁ」


 吸血鬼、笠井竹巳。
 彼がホストをやらずに管理に就いている理由はただ一つ。

――――こっちの方が楽しいから。

 そんな彼の名前の脇に「JOKER」と記される日は、そう遠く無かった。





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 短編第二弾は笠井クンですvいやぁ、やっぱりタクは黒くないとね!
 タイトルのジョーカーですが、意味分かりますか? JOKERって、どのカードよりも強いじゃないですか、実は。まさに「嘘みたいなカード」なんですよね。
 結局、全ての黒幕はコイツか!!という意味を込めて、このタイトルを付けました。
 ていうか当サイトのタクは、結構ヒロインに対して積極的ですね。。。なんか、翼、みかみん化してる気が……(汗)管理人、強気俺様なタイプに弱いみたいです。