メフィストで働き始めて、早一月。
 私、は男装の麗人を気取って、今宵も吸血鬼たちに囲まれております。
 働くと言っても、私は管理部門所属。実際には、案内や会計などが主な仕事で、甘い言葉を囁いたり、体に手を回したりなんてことはしていません。
 亮みたいなセクハラ、私は大反対! ベタベタするホストは、私は願い下げ。ま、どうでもいいけどね。





 
Blow deadly!  The cool beauty.






「ジャック、6番テーブル、マダム木崎からKnight一人付けてのご指名です!」
 
 ジャックこと、当店ナンバー3の英士を呼んだ私。
 英士は私の声に振り返ると、薄っすらと微笑を浮かべる。

ももう十分店員だね」
「まあね、毎日やってれば慣れるよ」
「フフッ……ああ、行かないとね。あ……二人ともいないのか……」
 英士がKnightとして付けるのは、大抵は一馬か結人のどちらか。しかし、今はあいにく二人ともそれぞれ指名が入っているらしい。
「あらら……どうする? 今空いてるのは……」
 視界の端に映ったのは、大地と柾輝。二人は今はまだ、暇を持て余しているようだった。
「英士とだったら……柾輝かな? ちょっと待ってて、今呼んでくるから」
 そう言って駆け出した私の腕を、英士が掴む。
「いいよ、呼ばなくて平気」
「え、いいの?」
 思わず首を傾げた私に、英士は微笑んだ。
「だってKnightはここにいるしね」
「え? どこに」
「俺の目の前」
「…………Really?」
 英士の意図するところが分かった私は、冷や汗が背中を伝うのを感じていた……。



「お待たせいたしました、木崎様。英士です」
「英士―、待ってたわよぉv あら……貴方、見ない顔ね」
「え、英士さんのKnightを務めさせていただきます…新人のです……」
「何だか、女の子みたいな名前なのね」
「え?! あ、アハハハハ……嫌だなぁ、自分、マジ男っすよ、ハハハハ」

 私は引きつり笑顔を浮かべながら、ぎこちない態度でソファーに腰掛ける。まさかトップ3の……しかも英士のヘルプをさせられる日が来るとは……。

 ドリンクを作りながら、英士とお客を覗き見る。
 英士は、一定の距離を保ちながら、あくまでもお客様至上主義の体制を崩さずに接客をしている。何と言うか、お客を立てるスペシャリスト? 亮なんかはどっちかと言えば、お客より優位に立って支配するような接客だし。ま、ホストにも色々なタイプがあるってことだろう。もしかしたら、お客によって接客態度も変わるのかもしれない。

「……、ドリンク作れた?」
「――――へ?」
 英士の声に、我に返る。
 しまった……手が止まってた。
「あ、す、すみません!! い、今すぐに!!」
 慌ててドリンク作りを再開すると、英士は苦笑する。
「フッ……、そんな慌てなくても平気だから」
「ちょっと……貴方、ドリンクも満足に作れなくてどうするの?」
 マダムが、呆れた顔で私を見ている。
「も、申し訳ありません……!!」
 青くなりながら謝る私を見ながら、マダムは無言で煙草を咥える。
「……英士、火」
 英士がマダムの口元に手を添える。
 ふっと息を吐き出したマダムに、英士は言った。
「マダム……はまだ、入って間もない新人のため、至らない点が多々あると思います。申し訳ありません。しかし、彼も私たちの大事な仲間で、マダムに楽しんでもらいたいと願うヴァンパイアの一人なのです。どうか無礼をお許し下さい……」
「!?」
 英士の予想外の口添えに、私は驚く。
「……きっと、木崎様の美しさに見とれてしまったのでしょう。……ねえ、?」
目で「ありがとう」という合図を返しながら、すぐさま私もその言葉に便乗する。
「そ、そうなんでございますマダム様! わた……いや、自分、マダムがあまりにもお美しすぎて眩暈を起こしかけてですねっ、て、手が止まってしまったのです!!」
 何だかおかしな敬語を連呼したような気がするが、今更仕方ない。向かいの英士が必死で笑いを堪えているのが見える。そ、そんなに笑えた……?
「……まあ……英士がそう言うのなら、そういうことにしてあげてもよくってよ? 、早くドリンクを作ってちょうだい」
「はっ! ありがたき幸せ!」
「……、時代劇じゃないんだから……」

 何とかドリンクを作り終え、二人に差し出す。
 無言のままドリンクを受け取るマダム木崎。英士は「ありがと」と声を掛けてくれた。
「……い、いかがでしょう?」
 恐る恐る尋ねると、英士は微笑を浮かべて頷いてくれた。その評価に、ほっと胸を撫で下ろす。その時だった。

――――ばしゃっ

「こんなもの、不味くて飲めなくてよ」
 マダムが、グラスの中身をひっくり返したのだ。
 突然のことに呆然とする私。
 ま、まさかグラスをひっくり返されるとは……でも味は普通だと思ったんだけどな……。
「お、お口に合いませんでしたか!? も、申し訳ございませんっ、すぐに新しくお作り直しいたします!!」
 布巾でテーブルを拭きながら謝る私。しかし、その腕を軽く英士に押さえられた。
、そんなことしなくていいよ」
「でもっ」
「いいから……」
 そう呟いた英士は、とても冷たい目をしている。
 心なしか……怒っている?
 冷たい眼光はそのままに、英士はマダムを見据えて言った。
「……そのような、マダムらしからぬ行為はお控えいただきたい」
「英士……」
「当店はあくまでもマドモアゼル、マダムをもてなすクラブです。当店の品格を損なうような低俗な振る舞いは、いくらお客様であっても見過ごすわけには参りません」
「あ……」

 私の隣にマダムがいて、マダムと英士は今向かい合って話しているため、マダムの表情は窺い知れないが、英士の冷たい瞳から目を逸らせないようだ。
 英士は私を庇ってくれているのだ。でも本来ならば、お客様至上主義の店に反するような行動なのではないか。こんな風にお客さんを追い込んだら、英士の立場が無くなっちゃうんじゃ……!?
 元はと言えば、私の作ったカクテルが原因なのだ。ここは私が謝って、何とかこの場を勇めないと。でないと大変なことになってしまう。
 私は青くなりながら、二人の間に入ろうと試みた。
「あ、あのマダム! 本当に申し訳あ――――――」
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁんっvvv 英士ってば痺れるぅ〜〜〜!!!!!」


――――……What?
 What do you say now!?  One more please!!! 
Aha!?→頭がパニックになっている。


 頭がショート寸前に追い込まれた私。
 そんな私は置いてきぼりに、マダム木崎の黄色い声が響いている。

「後輩を庇う時の英士の冷たい瞳、本当っドキドキしちゃうわぁv いっつも一馬を庇ってる英士も怖いけど、この子を庇う時の方がもっと冷たくてゾクゾクしちゃったvvv」
「……マダム、こういうシチュエーションは、一馬がいる時だけにしていただきたいのですが……」
「いやーーん英士ってばv もっとその冷たい視線で私を射抜いてぇ! 『品の無い女だ』ってその瞳のまま蔑んでちょうだいvvv」
「フッ……困ったお客様ですね」
「英士になら私、殺されてもよくってよvvvv むしろ血を吸い尽くされても構わないわぁv」

――――どーーーーーーーーーーーーーーーーーん(の状態を表す音)


 乾いた笑いが零れる。
 このマダム、英士にならkillingされてもOKですってよ?
 私は何ですか。
 この有閑マダムの屈折した性癖に振り回されたってことですか。英士もそれを知ってて、何も言ってくれなかったんですか。
 へぇ〜×100……。

 呆然と笑い続ける私に、いつの間にか立ち上がった英士がにっこりと笑いかける。
 そして、おもむろに私に近づくと、肩を引き寄せた。
「ちょ、英士……」
「マダム木崎。お望みどおり、俺が貴女を殺して差し上げますよ」
「は!? な、何言って――――」
 私の言葉を遮るように、英士は私の首元に顔を寄せる。

 冷たい硬い牙が、私の首筋に当たる。
 周りの空気が、一瞬にして凍りついたように感じる。

「――――を傷付けたら、俺はアンタを食い殺す。その場でね。よく覚えておいて」
「なっ……!?」
 あり得ない発言に目を丸くする私。
 英士の表情は見えないが、マダムは目を見開いて英士を凝視している。絶対ヤバイでしょ!?

 俯いたマダムは両手を握り締めながら、ぶるぶると震えている。
 お、お怒り!?

「お、お客様、あの――――」
「し……」
 死んでおしまいとか!? 信じられないとか!? ひぃぃ!! お兄を捜す前に、私が力尽きちゃいそうなんですけど……!!
「お許しくださいマダム様ぁ!! 自分まだ、死にたくな――――」
「し・び・れ・るぅ〜〜〜!!!!!」

 有閑マダムは陶酔したような表情のまま、ベッドへお倒れになる。

「英士ぃ……優しく殺してぇぇぇ……!!」


 ……え。
 SHI・BI・RE・RU……?


 呆然と立ち尽くす私の肩に顔をうずめたまま、英士が溜め息をついた。
「ふぅ……彼女、コレ目当てで来店されるんだ」
「コレって……コレ?」
「そう……コレ」
「うわ……英士。またマダム木崎を殺ったのかよ……?」
 いつの間にか一馬と結人がやってきて、マダムを遠目で覗いている。
「おーい、笠井。マダムが倒れたから、いつもの頼むー」
 結人の呼びかけに、慣れた様子で近付いてくる竹巳。
 竹巳はマダムと私たちを一瞥すると、溜め息と苦笑を漏らした。
「郭……大体想像は付くけど、使うのは許しがたいね。、ごめんね。このお客様、その……変わった趣向をお持ちのようでね……」
「いや……ハハハ……」
「おい英士! いつまでにくっついてんだよ! はーなーれーろ!!」
 結人が喚くと、竹巳も英士を見据えて言う。
「郭、早くマダムを」
「ちっ……分かったよ。、Knight役……ありがとう」
「ううん……――――ひあっ!?」
 英士が突然、私の首筋を軽く噛んだ。思わず上ずった声が出る。
 な、何!?
「ええええ英士!! お前今、ににににににぃっ!?」
「だーーーっ! お前、何どさくさに紛れてやってんだよー!?」
「……郭、降格決定……と」
 英士は何事も無かったようにひらりと身を翻すと、そのままマダムを抱えて店の奥へと向かい始める。
 首筋を押さえたまま動けない私と、声にならない声を上げ続ける一馬、大声で喚き散らす結人に、黒い革手帳に何やらスゴイ勢いで書き込んでいる竹巳。何とも異様な光景……。

 そんな私たちに気付いたのか、英士がマダムを抱えたまま振り返る。
 流し目に薄っすらと微笑を浮かべている。
「……英士」
 瞳が妖しく輝く。
 目を逸らせないでいると、口元が軽く動く。

――――っ!?

 そのまま踵を返した英士は、店の奥へと消えていった。



「……!? 大丈夫か?」

 一馬の声も、どこか遠くで聞こえる。
 頭の中を、英士の言葉だけが支配する。
 はっきりと言われたわけじゃないのに、何故だか耳元で囁かれたような気分になる。
 声にならない、口元の動きだけなはずなのに……何故だか英士の声が響いている。


――――って……薔薇みたいに、甘いんだね……


 彼の、妖しく揺らめく瞳が頭から離れない。
 綺麗だけど……どこか冷たい瞳。

 ああ……何だか、頭の芯が痺れて……足元がふらつく…………

「……!? おいっ、!」
!?」
「英士のヤロー!」



 彼の瞳は一撃必殺。
 その美冷な瞳に射抜かれたが最期。
 
 今宵、私は身を持って知ったのだった……。




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お待たせしました☆キムチ魔王は、甘さとギャグを絡めた仕上がりにしてみましたvめちゃ閑話って感じですけど……(苦笑)私短編は、いっつもストーリーから考えて、最後にタイトル付けるんですが、これは全く逆でした。先に「一撃必殺〜」を思いついて、そこからストーリーを考えました。(どんな話だよ)いやー……何か、変態マダムが出張りましたね……あはは。私もどっちかって言うとM気質ですけど、こういうのはお断りですね。。。
話変わりますが、流し目って、めちゃめちゃ色っぽいと思いませんか??桃井は流し目になら殺られたいです(おい)流し目が一番似合うのは、やっぱ英士だと思いまして……。翼はどっちかって言うとウインクかな。切れ長の瞳が、流し目が似合うと。あ、設楽クンなんかもですかね?
さてさて、次は誰にしよーかねー。