夢追人〜yumeoibito〜





「……はい、今は落ち着いていますが……はい、はい……もう少し様子を見てご連絡します。はい……」

 ベッド越しに聞こえる電話の声。
 多分、今後のスケジュールについての打ち合わせをしているのだろう。
 私が倒れたせいで、かなりの迷惑を沢山の人たちに掛けてしまった。

「……ごめんなさい、私のせいで……」
 戻ってきた彼に、私は告げる。
「気にするな。疲れが溜まってたんだろう。念のため、明日のライブは断ろうと思ってる。明日はゆっくり休め」
 彼の言葉に、私は黙って目を伏せた。
「……そんな顔するなよ。お前はよくやってるんだ。こんな過密スケジュール、こなせる方が不思議なくらいなんだから。ファンの皆も、すごい心配してたしな」
「……本当に、ごめんなさい」
 謝る私に、彼は微笑んだ。そして、私の頭を軽く撫でる。
「だから謝るなって。明日は久々に、お前の好きな映画でも借りてきて見るか。最近忙しくて、映画すら見れなかったもんな」
「……うん。ありがとう」
「とにかく、今日はもう休め。俺は隣の部屋にいるから、何かあったらすぐ駆け付けるよ。じゃあな、お休み
「お休みなさい……」

 彼が出て行ったのを確認すると、私の目からは大粒の涙が零れ始める。
 拭っても拭っても、とめどなく流れ落ちる雫。
 その場に蹲って、声を押し殺す。

 ねえ翼……会いたいよ。
 私、もう頑張れない。
 貴方がいないと、もう前に進めないよ……。

 そんな時。
 携帯電話が鳴った。
 
 自分の耳を疑う。
 このメロディーは……

「も…しもし?」

 電話越しで分かる、苦笑したような息の漏れる音。
「……やっぱり泣いてた」
「つ……翼ぁっ……」
「久しぶり……
「翼っ……どうし…って……」
 泣きながら尋ねる私に、彼の困ったような笑い声。
「……泣くか喋るか、どっちかにしなよ?」
「だってっ……わた、私っ……ひっく……」
「……お前のライブ、見てた奴が連絡くれたんだよ。お前が倒れたってね……」
「そう……だったの……」
「身体……平気か?」
「う…ん……」
「頭とか、打ってない?」
「大丈夫……」
 ほっと息を吐く声が聞こえ、心配性の翼らしいなぁと思う。
 でも、それと同時に塞き止めていた想いが、一気に溢れ出てくる。

「翼ぁっ……会いたいよぉ……」
……」
「お互い忙しいのは分かってる……! でもっ、でもっ……私、翼がいないと駄目なのっ……翼が傍にいてくれないと、歌ってても楽しくない……っ……」 


――わかってる(わかってない)
   ものわかりのいい彼女(コ) 演じて



「お前……」
「歌手になるのは夢だったはずなのに……歌うことが出来て幸せなはずなのに……貴方がいないと、全然嬉しくないの……っ……ファンの皆が喜んでくれても、心が満たされないっ……」
「俺は――――」
「淋しいっ……淋しくて辛くてっ、どうにかなりそうなの……っ!」

 半ば叫ぶように言って、私はその場で突っ伏した。
 電話の向こうで翼はきっと、呆れた顔をしているだろう。
 でももう限界だった。
 こんなにも……貴方を求めている。


「……そんな泣き腫らした顔で、テレビに出るつもり? アイドルの自覚足りないんじゃない?」

 聞きなれた優しい声。
 聞こえるはずの無い声に、私の涙は一瞬で止まる。
 恐る恐る顔を上げれば……

「……なんで……」
「恋人の窮地に、異国でのんびりしてられるかよ。飛んで帰ってきたんだよ」
「う…そ…………」
「……電話越しに、あんな大胆な告白されて黙ってられなくなったんだけど?」
「っ……」
……」

 ふわりと翼に抱きしめられる。
 懐かしい感覚に、鼓動が高鳴る。
 彼の香りが漂って、眩暈がした。

「翼っ……会いたかった……ずっと!」
……」
「いっつも……翼の姿をテレビでしか見れなくて……っ……ホントは隣で、応援したいのにっ……」
「僕も……お前の歌、一番近くで聞きたかったよ……」

 直に感じる翼の鼓動が、私を落ち着かせる。
 彼の優しい声が、私の心を癒してく。

「もう……離れたくない……翼とずっと、一緒にいたい……」
「……、目瞑って?」
「え……?」
「いいから……」
「う、うん……」

 頷くと、彼はそっと私の瞼に手を当てた。
 しばらくの間の後、左手に何かが触れる感触。

「……いいよ、目を開けて」
「うん……」

 目を開けると、左手の薬指にシルバーの光が見える。

「翼、これ……」
「そのまんまの意味なんだけど?」
 翼は私の手を取ると、そっと指輪に口付けた。
「……僕と結婚してくれませんか? 歌姫……」
「っ……」

 微笑んだ翼と目が合う。
 私も、彼に負けない笑顔で頷いた。
「…喜んで……!」


――今すぐに 聖なる奇跡 呼びよせられたなら…


「私、明日やっぱりツアー出るよ!」
? でも……」
「もう大丈夫。身体も心もバッチリ復活したもんv」
「そうか? あまり無理はするなよ」
「はい!」

 マネージャーの彼は、私の変化に気付いただろうか。



 翼と私はやっぱり、深く繋がってた。

「……の応援が聞こえないと、本調子が出ないんだよ……お前がいてくれないと、僕も駄目みたいだ」
「翼……」
「それにお前、どんどん人気出てるし、気が気じゃないよ。変な男に言い寄られて無いか、とか」
「そ、それを言うなら翼でしょっ。全国からファンレターの嵐で、サポーターも女の子多いって言うし……」
「へえ……それって妬いてるってこと?」
「…………うん」
「……ホント素直で可愛いね、は。そういうところ、昔から好きだよ」

 歌は大好き。
 でも……翼のことはもっと好きなんだよ。

「私の歌は……全部貴方に向かってるから」

 夢を叶えたあの瞬間から。
 私の夢は、新しいものに変わってたんだ。

「翼と一緒に、新しく夢を追いたいの」

 夢は一人で見るだけのものじゃない。
 誰かと共有して、一緒に追いかけていけるものでしょ?


「二人で目指すしかないね」
「……世界を?」
「ああ、もちろん!」



 翼とならきっと、世界も獲れるって私は信じてる。
 だって私たちはいつだって、夢を追い続けてる「夢追人」だもんね?





end・・・・?


 epilogue