小さな頃、毎年の七夕は幼なじみと一緒に過ごしていた。

「笹の葉さーらさら〜」
 
 今では歌うこともない歌も、あの頃はとても楽しかった気がする。

 私たちはいろいろ違ってはいたけど、一つだけ同じことがあった。

――――来年の七夕もと一緒にいられますように。
――――来年の七夕も翼くんと一緒にいられますように。

 二人の短冊に、必ず添えられていたこの願いは同じ。
 永遠に一緒にいられますように……その想いは同じ。




 Under the Starry Night...





 私の幼なじみ兼彼氏は、プロサッカー選手を目指している、かの有名な椎名翼。
 私が高校に進学すると同時に、彼はスペインにサッカー留学した。

 毎日一緒だったのに……今は、7月7日、七夕にしか会えない。
 そう、私の誕生日にしか……。



「なあ、。翼、今年はいつ帰ってくんだ?」
「七夕だよ、今年も。昨日電話きたの」
「そっか。今年もちゃんの誕生日祝いに来てくれるんだね」
「うんv」

 柾輝と将ちゃんとは同じ学校で同じクラス。翼がいなくなっても、私たちは仲良しだ。
 この関係も、この会話も、かれこれ三年続いている。要するに、三年間遠距離恋愛しているわけだ。
 歳を重ねた翼は、毎年会う度にカッコよくなっていく。その度に私は、すごくドキドキして…同時にすごく不安にもなる。

 また人気出ちゃうな、とか。
 私は翼に釣り合うかな、とか。

「私と翼って……織姫と彦星みたいだなぁ……」

 呟いたつもりが、意外に大きな声が出たようで。はっとして振り向けば、二者二様の反応。

「ぷっ……自分で言うかよ普通。やっぱ大将が選んだ女だよなぁ、お前は」
「でも僕もそう思うな。ちゃんと翼さんは、織り姫と彦星みたいだよね」
「……//////」

 恥ずかしいけど、やっぱり事実だ。
 だって一年に一度しか会えないんだから。
 そんなふうに思っていたら、ぽすっと頭を叩かれた。

「でも、織り姫たちよりはマシだろ。アイツラは雨が降ったら会えねえんだし」
「確かに…七夕って、いつも雨だもんね」
「今年も雨、降っちゃうかもしれないね……」

 灰色の空を見上げて、私はため息を零した。






「さーさーのはーさーらさらー」
 近所の子供たちが、楽しそうに歌いながら駆けていく。手には小さな笹。そんな光景を見ると、昔を思い出す。
「はぁ……あの頃は、もっと色々楽しかった気がするなぁ」
 その理由はただ一つ。
 翼という存在が、遠くなってしまったからだ。

 何をするにも、何処へ行くのも常に一緒だった一つ上の幼馴染。
 昔はよく、本当の兄妹のようだと周りに言われていたし、私自身、本当のお兄ちゃんのように翼を慕っていた。
 それがいつしか……一人の男の子として意識するようになって、翼の私を見る瞳の熱さに気付いた時、私たちの心は重なった。
 その瞬間、翼という存在が、兄から恋人に変わったのだと思う。

「翼……会いたい……」

 ぽそっと呟いたら、ぽんっと背中を叩かれる。
 振り向いた先には、去年よりも精悍さが増してより一層魅力的になった恋人がいた。

「う……え……」
「……何そのうめき声。もっと、違う言葉があるんじゃないの?」

 意地悪く笑うその顔も、その声も、私の大好きな人のもの。

「翼……どうして……」
に会いたくなった。七夕なんて待ってられない」
「うぅ……ううっ……翼ぁっ……」
「おいおい……会って早々、泣くなって」
「だってぇ……翼くんが……翼がぁ……」
「はいはい、ちょっと落ち着けって」

 自分でも、何でこんなに涙が出てくるのか分からない。
 七夕を待たずに彼に会えたことが嬉しいのかもしれない。
 昔を懐かしんでるところに彼が現れて、びっくりしているのかもしれない。
 でも、そんな理由なんてどうでも良かった。
 ただ、目の前に翼がいることが全てなのだ。



 そのまま、翼に手を引かれて連れていかれたのは、翼の家の庭だった。
 庭には、大きな笹が飾られていた。

「今年も立派だねぇ……さすが翼の家」
「ほら、短冊。願い事、書けよ」
「うん!」

 ここでこうやって、短冊に願い事を書くのは、子供の時からの習わし。
 翼と一緒に願い事を書いて、二人で一緒に笹に飾る。
 そして、七夕の晩に、もう一度二人で、願い事を読み上げて星に願う。
 そんなことを、もう15年以上続けている。

「翼……何書いたの?」
「……秘密。7日の晩までは誰にも言わない約束だろ?」
「うぅ、そうだけど……気になるよ〜」
「ダメ」
  そう言って、さっさと書いたらしい翼は、私の手の届かない遥か高くに、短冊を括り付けてしまった。全く何が書いてあるのか見えない。
「あぁっ、翼の意地悪〜〜〜!」
「ほら、もさっさと書いてさっさと飾れ」
「うぅ……」

 でも、本当は知ってる。
 だって、毎年書く願い事は同じだから。
 読み上げた願いは、いつもぴったりと重なって響くから。

 でも……今年は少しだけ、ほんの少しだけ変えてみようと思う。
 願いが叶うなら、私は……

「よし、出来たv この辺に飾ろうっと」
  笹に括り付けた時、翼と視線がぶつかった。
 どきんっと、胸が跳ねる。
 優しく甘い瞳、その奥の熱さ。
 その瞳に見つめられると、身動きすら取れなくなってしまう。
「……、あのさ」
 翼は何か言いかけて……やめた。
 少しだけ苦笑いのような微笑を浮かべて、溜め息をつく。
「……やっぱいいや。七夕まで待つ」
「え?」
「七夕は、19時に僕の家集合ね。遅れたらどうなるか、分かってるよね?」
「え、あ、うん!」

 翼は何を言おうとしたのだろう。
 聞き返したかったけど……その後すぐに抱き締められて、それどころじゃなかった(汗)






――――七夕当日。

「じゃあ柾輝、将ちゃん、私今日はお先です!」
「お疲れ。大将によろしくな」
「お疲れ様、ちゃん。翼さんと仲良くね」
「うん! また明日ねー」

 部活を早々に切り上げて、私は翼の待つ家へと急ぐ。
「ただいま翼っ!」
「19時ジャスト。、お帰り」
「ふぅ……間に合ったぁ……」
 肩で息をしている私の前に、グラスが差し出された。
「麦茶。飲む?」
「ありがと……んぐ……ごくんっ……はぁー、生き返る〜!」
「アハハッ、飲むの早すぎだって」
「だって喉渇いてたんだもん」
 翼はおかしそうに笑いながら、庭へと出る。その後を追いかけていけば、そこには様々な装飾がされた笹が佇んでいた。
「うわぁ……綺麗になってる」
「母さんが色々やったらしい。飾りすぎな気もするけど」
「あははっ、おばさんらしいね」
 腰を降ろした翼の隣に、私も座り込む。
 涼しい夕風が、制服をはためかせる。スカートが捲れあがって、思わず手で押さえると、翼がにやりと笑った。
「いやぁ、久々にの制服姿見たけど、やっぱ女子高生はいいね」
「翼……親父みたい」
「いやいや、好きな女の制服はまた格別なんだって」
「……なんかそれセクハラ発言//////」
「もう僕は、19だしね。制服が似合う歳は越えたし」
「つい去年の話じゃない。私だって、もう今年で卒業だよ」
「……そうだな。ももう、今年で卒業か」

 そう呟いた翼が、何だかいつも以上に大人びて見えた。
 たった一歳しか変わらないのに、私なんかより何倍も大人の男性に思えるのは何故だろう。

「さて……恒例の願い事発表でもするか」
「うん」
から言えよ」
「えぇ〜翼から言ってよ」
「ダメ。今日の主役は、お前なんだから」
「う……分かりましたよー」

 翼に促され、私は渋々と立ち上がる。
 そして、星の見えない曇り空に向かってこう言った。

「来年も、翼が誕生日前に帰ってきてくれますように! 以上」

 振り向けば、少し驚いた様子の翼。
「……いつも通りじゃないんだ?」
「うん。もう私も、子供じゃない歳になったし……少しは違った願いにしてもいいかなって思って。翼……私のお願い、叶えてくれる?」
 私の問いには答えず、翼は立ち上がった。そして、思い出し笑いをするような仕草の後、私に言う。
「ねえ。去年僕が短冊に何書いたか覚えてる?」
「え? それはいつも通り……」
「違うよ。僕は去年から、『いつも通りじゃない願いごと』を書いたんだ」
 翼は私の隣に立ち、空を見上げた。
「来年の七夕からは、とずっと一緒にいられますように……」
 言葉も出せない私に、翼は微笑みかける。
「去年、子供を卒業した僕は、今のお前と同じように、いつも通りから少しだけ違った願いにした。お前は気付いてなかったみたいだけど」
「え、だ、だってあの時翼は確かに……」
「うん、口ではいつも通りの願いを言った。でも、それは本心じゃない。本当は、今言った願いごとを叶えてほしかった」
 翼は私の手を取ると、優しい声音で呟いた。
「……、HappyBirthDay。18歳、おめでと」
「ありがとう……!」
 翼は私の手を取ったまま、何かを取り出した。
「これ……」
、今から今年の……いや、今年からの願いごとを言うから」
「え……」
 そう言った翼は、夜空に向かって半ば叫ぶように言った。

が、永遠に僕の傍にいてくれますように! 以上!!」
「うぇぇぇぇっ!?」

 思わず素っ頓狂な叫び声を上げた私に、翼はがっくりと肩を落とした。
「……、その叫び声、ムードぶち壊しなんだけど」
「だだだだだだって、だってだってだって! いいいいいいい今のって、えぇぇええ!?」
 口が回らず、パクパクと金魚のようになっている私に、翼は呆れ顔。でも、私の手はしっかりと握られたままだ。
「ふう……まあでも、それでこそだよね」
 溜め息一つついた後、翼は私に向き直る。
「ねえ……僕の願い、叶えてくれる?」
 向けられた瞳は、真剣そのもので。目を逸らすことは愚か、心までも読まれそうな雰囲気を放っている。

 心を読んでくれたなら、とっても楽なのに……

「私も……翼といつも一緒にいたい」

 一年に一度しか会えない織姫なんて、なりたくなかった。
 好きだから、いつも一緒にいたい。
 いつでも傍で、翼の笑顔を見ていたい。

 だから……

「翼の願い……叶えてあげます……」
「ククッ……偉そうな織姫だ。でも、そんな織姫の方がタイプだけどね……」

 左薬指にすっぽり収まる白銀の輝き。
 星は見えないのに、キラキラと輝いて見えるから不思議だ。

「なあ、卒業したら……一緒に暮らさないか? 勿論、日本で」
「え……それって……」
「結婚前の予行演習v」
「えっ……!?/////////」
「ぷっ……、顔真っ赤。何想像してるわけ?」
「ち、違うもん! 何にもやましいことなんて、想像してないもん!!////////」
「やましいことなんて、誰も言って無いけど? ふーん、やましいこと想像しちゃったわけだ」
「ち、違うって言ってるでしょ!! もうっ、翼のバカ!! 意地悪!!!」
 ぽかぽかと翼の胸を叩けば、ぐいっと両腕を掴まれる。
「フフフッ……そう怒るなよ。お前はもう、一生僕の傍にいることになったんだからさ」
「っ……そ、そうだけど……」
 思わず目を逸らしたら、腰を取られて引き寄せられる。顔を持ち上げられて……思わず目を瞑れば、耳元で囁かれた。

「……絶対に離さない。逃がさないから、覚悟しろよ?」

 直後、ふぅっと息を吹きかけられて、背筋がゾクゾクッと震えた。
「ひゃぁっ……!」
「クスッ…、今からそんなんじゃ、身が持たないよ? これからもっと、スゴイことするんだし」
「つ、翼のエッチー!!!!!!!!!」
「アハハハッ、これから楽しくなりそうだね」
「楽しくなーーーーーーーいっ!!!!!!!」


 見上げた空に、星は見えない。
 でも、きっと雲の上には満点の星空が広がっているに違いない。
 織姫と彦星も、きっともうすぐ、ずっと一緒にいられるようになる。
 七夕だけじゃなく、永遠に一緒に……。

 翼に翻弄されながら、そっと雲の上の二人に想いを馳せれば、見えないはずの星が微かに瞬いた。



Fin.




return:>>




 今年の結波嬢の誕生日に送りつけた代物(彼女は、七夕生まれvvv)
 何で秋口にアップするんじゃいっていう突っ込みはおいといてください(;´▽`lllA`` まあ、自分としては短くもしっかりまとまったかな、と思う出来なのでまあまあ満足。でも、結波ちゃんのお誕生日プレゼントとして相応しかったかは果てしなく謎。ごめんなさい。。。
 最近、幸せな姫様を書いてなかったので、これでちょっと姫様も報われたかなーと勝手に思って終了(ヲイ
 結波ちゃんのみ、宜しければ再度お持ち帰りくださって結構ですv 
2008/11/3 桃井柚