どこからか、済んだ音色が響いてくる。
透き通るような、透明な音。
鈴のように、軽やかに落ちてくる。
放課後のまどろみに溶けるそれはまるで――――……
まるで子守唄のように
音楽室の前を通りかかったのは、本当に偶然だった。
たまたま教科書を忘れたのに気付いて、取りに行っただけ。だからそこに誰がいるなんて、気にしてもいなかった。
女の子が一人、歌っていた。
優しい、穏やかな声音。
思わず聞き惚れてしまいそうなほど、その歌声は透明だった。
合唱部……なのだろうか。そう言えばうちの学校の合唱部は、かなり優秀だと聞いたことがある。
「あれ? 誰かいるの?」
呆けたように立ち尽くしていた俺に、女の子が小首をかしげていた。あれ、確かこの子は……
「風祭、さん?」
呟くように言った俺に、彼女は微笑んだ。
「笠井君、だよね? 同じクラスなのに、話したことなかったね」
「ああ、うん」
彼女――風祭は、クラスメイトだった。と言っても、お互い話したのはこれが最初だってくらいに、関わりはなかった。
「風祭さんって、合唱部?」
「うん、そうなの。もうすぐコンクールがあって、それの練習をしてるとこ」
「へえ……歌、上手いね」
本当にそう思ったから言ったのだが、彼女は本気にしていないらしく「まったまたー」と笑った。その笑顔を見て、彼女はこんな風に笑う人だったのか……などと、何だか不思議な気持ちになった。
「タク、ちゃんと仲良くなったんでしょ?」
「え?」
誠二の言葉に、思わず顔を上げる。誠二はニコニコしながらパンを頬張っていた。
「ちゃん『笠井君って、ピアノがすごい上手だね〜!! 今度是非、伴奏して欲しいな』って言ってたよ!」
「誠二って、風祭さんと仲良いの?」
すると誠二は、ちっちっと指を振りながら片目を瞑る。
「タク〜! ちゃんの苗字聞いて、ピンと来ないのかよー?」
「え……風祭?」
「そうだよ、風祭! 風祭って言ったら……ほら、思い出してよ!」
記憶の糸を手繰り寄せる。
風祭、風祭…………って、もしかして……
「もしかして……風祭って、あの風祭と関係あるの?」
誠二の目が輝いたから、間違いないのだろう。彼女は、元サッカー部の風祭将と関係があるらしい。
「正解! ちゃんは、風祭とは双子の姉弟なんだよー!! すっごいよな!?」
何がすごいのかはイマイチ分からなかったけど、言われてみれば何となく似てる気がする。と言っても、肝心な弟は転校してしまったし、それほど親しかったわけでもないからあまりよく覚えていなかった。
「俺さ、桜上水に偵察行くこと多くてさv そん時たまたまちゃんに会って、風祭のこと聞いたんだ!」
「なるほど……」
意外な事は続くもので……彼女は誠二だけではなく、他校のサッカー部メンツとも顔見知りらしい。
「うん。私、将と一緒に時々サッカーやるんだ。だから、桜上水の子たちとは結構仲良いの。あとは、飛葉中と……学校は違うけど、U-14の子たちとか」
多分、風祭将繋がりなのだろうが、何だか不思議だった。
合唱とサッカーなんて、似ても似つかない世界にいるはずなのに。
「でも、やっぱり私は武蔵森だから、笠井君と誠二君が一番の仲良し…かなv」
「うん……そうかもね」
彼女の声を聞くと……何だかとても眠くなる。
今も少し……ほんの少し、眠い。
「あ、そうだ。今度、コンクールがあるんだけど……もし良かったら、皆で来てくれたら……嬉しいんだけどなぁ」
駄目だ……とっても眠い。
目を擦りながら、俺は呟いた。
「うん……行くよ……」
「本当? 嬉しいなv 頑張るからね」
眠いけど……このまま彼女の声を聞いていたい。
欠伸が出そうになった瞬間、チャイムが鳴り響く。
「あ、もう行かなきゃね。じゃあ、またね笠井君」
コンクールは彼女の歌をゆっくり聞くチャンス。
でも、俺はコンクールで最後まで聞いていられるのだろうか。
途中で……寝てしまうかもしれない。
コンクールの日はすぐにやって来た。
誠二が他のメンバーに声を掛けると、皆こぞってやって来た。市民ホールを貸し切ってのコンクールらしく、会場は多くの人で賑わっている。
「へえ、お前らもいたんだ?」
「あ、翼さん! こんにちは」
風祭弟の方が、飛葉の……椎名翼に声を掛けている。
「何や、兄さんたちも来とったんかい?」
そう言って、三上先輩に絡んできたのは桜上水の佐藤だ。その後ろにいるのは、桜上水の水野と……確か、U-14の真田。不思議な組み合わせに、少し驚く。
「世界は丸く繋がっているんだな☆ ハハハハ」
キャプテンの意味不明な言葉は無視し、俺は風祭姉の方、の姿を探す。もう、舞台裏に行ってしまったのだろうか。すると突然、誠二が大声を上げて、大きく手を振り出した。
「おーい!! ちゃーん!!」
誠二の視線の先には、風祭さんがいた。驚いたような、照れたような顔を浮かべ、こちらに手を振りながら駆け寄ってきた。
「皆! ホントに来てくれたんだね!? びっくりした〜!!」
「当たり前でしょ。だって、試合の応援に来てくれてるしね」
「そーそー! 今日は俺たちが応援する番だぜw」
そう言って、風祭さんを囲むのはU-14の郭と若菜。そうか、風祭さんは試合の応援にも行っているのか。だから知り合いが多くなるってわけだ。
「うん! 頑張るね☆」
「よお! 今日はの美声が聞けるっちゅーから、ホンマ楽しみにしとったんやで? しっかり気張りいやv」
「おいシゲ、あんまり気負わせるなよ……。、若菜も言ってたけど、今日は俺たちが応援してるから。頑張れよ」
「、頑張ってね!」
「ありがとう、シゲ、水野君。将も」
「――――おい、俺たちを忘れるなよ」
他を押し退けるようにして入ってきたのは、飛葉中メンツ。すると風祭さんの顔が、見る見る赤くなっていく。
「し、し、椎名さん!!? わわわ、く、黒川クンに井上さんまで!?」
「おいおい……そんなにうろたえるなよ」
「相変わらず、ちっこいなーは」
黒川と井上が、苦笑しながら風祭さんを見ている。それを面白そうに眺めていた椎名が、悪戯っぽい瞳を彼女に向けた。
「俺たちが来てくれて、嬉しい?」
「う、うううう嬉しすぎて、もうどうにかなりそうです……っ!!!//////」
「ふーん? じゃあ、一番前で聞こうかな?」
「めっ、滅相もございません!! う、後ろの方で、顔が見えない場所でお願いします!!!/////」
「ダメだよ、お前の顔見たい」
「きゃ〜〜っ!?(泣)//////」
どうやら風祭さんは、椎名のことが好きらしい。
まあ、どこからどう見ても、仲良しカップルの戯れにしか見えないから多分、椎名も彼女のことが好きなんだろう。あ、郭が凄い目で睨んでる。
「―、もう控え室入るよ」
「あ、はーい! じゃあ皆、また後でね」
風祭さんがいなくなると、そこは異様な空気に包まれていた。
……試合会場のような、妙な緊張感が漂っている。理由はまあ、簡単だ。
「姫さん、ちょっとばかし、皆のに近付きすぎやないの?」
「そうだぜ、椎名ばっかしずりー!!」
「そうだそうだ! ちゃんと一番仲良いのは俺とタクだもんね!! ね、タク」
誠二に突然話を振られ、皆の視線が一気に集まる。
中でも、椎名と郭の視線が突き刺さる。……はあ、風祭さんも大変だな。
「同じクラスだからね。まあ、仲は良い方なんじゃない?」
「「同じクラス!?」」
無難な返事をして、俺はそのまま入り口へ向かう。椎名と郭が誠二に詰め寄ってたけど、そんなの知らない。後ろではまだギャーギャー騒いでたけど、それも無視した。
しばらくして、開演のアナウンスが聞こえてきた。いつの間にか隣に座った誠二が、こっそり耳打ちしてくる。
「ちゃんって、別に椎名と付き合ってるわけじゃないんだって! 今は好きな人、いないらしいよ」
「そうなんだ。良かったね、誠二」
「うん! タクも良かったねv」
「……俺は別に、どっちでも良かったかな」
「えー!?」
誠二の抗議の声を打ち消すようにブザーが鳴る。
コンクールが始まる……。
何校かの合唱が終わり、次はいよいよ武蔵森。風祭さんたちの番だ。
舞台の上の彼女は、輝いているように見えた。
サッカーの時と同じような、緊張感が伝わってくる。
そうだ。これも試合なんだ。
そう思ったら、サッカーと合唱はとても近くにあるもののような気がしてくる。
歌が、始まる――――
その歌声は、いつもの数倍美しく、壮大だった。
耳に響くというよりは、心に響いてくる。
ピアノを弾いてる時に感じる、心地よい揺らぎが漂っている。
……また、眠くなってきた。
いつもはヘラヘラしている誠二も、今は真剣そのもので歌を聞きこんでいる。
他のメンツも皆、ただただその歌声に圧倒されている。
賑やかで、人々の歓声とホイッスルが飛び交うサッカーの試合とは、まるで正反対。でも、今俺は、何故か自分がフィールドを駆け回っているような気分だ。
そう思ったのが最後、気を失うように俺はまどろみへと落ちていった――――。
「タクってば、途中で寝てるんだもんなー」
寮に戻った後、誠二に散々愚痴られた。どうやら感動を分かち合える仲間がいなかったことに、腹を立てているらしい。
「ごめん。でも、何でだろう。風祭さんの歌聞くと、すごく眠くなるんだ」
「まあ、確かに癒し系な感じはするけどさ。でも、寝るのはやっぱ無いよ!」
「……ごめんって」
ぶつぶつ言う誠二を適当にあしらって、俺はベッドに潜り込んだ。
目を瞑れば、さっきの感覚が蘇る。
歌に込められた力を、身を持って知った気がした。
『……――次の訳は、この構文がポイントとなり……………………』
昼過ぎの教室。
窓際の席に座れば、それはまどろみの始まり。
目を閉じると、どこからか澄んだ音色が響いてくる。
透き通るような、透明な音。
鈴のように、軽やかに、俺の心に落ちてくる。
(……君の声を聞くと俺は…………)
君の声は、夢への誘い。
それはまるで、子守唄のような無垢さを持って、俺に眠りの魔法を掛ける。
でも……それが心地良くて、抗えない。
気付けばいつも、君の歌を求めてる。
そして俺は、今日もまた……
歌に満ちた世界に、ゆっくりと落ちていく――――………。
Fin....
return>>
……ゴメンナサイ!!本当にゴメンナサイ!!(土下座)もうそれしか言えません。一周年記念のお祝い品……なんですよ? コレが。こんなのが。申し訳御座――――(以下略)リク内容は『笛キャラが合唱を聞きに来る!』かつ『翼オチ』だったのですが……全然違う。どこが翼オチなのか謎です。ていうか竹巳を主人公にした理由も分からん。タクの考えてることはさっぱり意味不ですね☆お前は一体何なんだ、と。まあ、ヒロイン様の歌声に惚れちゃって、もう僕ダメvって感じなんですよ(殴)あれ、違う? ……重ね重ね謝罪いたします……。
結波ちゃん、こんなんで良ければお持ち帰りください! 似るなり焼くなり貼るなり(?)サイトの片隅にでも晒してやるなりお好きにしてください。それで、これに懲りずこれからも仲良くしてやってください! ではではっ
2007/10/06 柚