「うわ……あり得ないよぉ、コレ」
思わず呟いてしまう。
飛葉に着いた途端、女の子が行列を作っている。
そして、その先にいるのは……
「椎名先輩!! これ、受け取ってくださいっ」
「……サンキュー」
「きゃーっ、受け取ってもらえた〜vvv」
「……」
行列は、校門の外まで伸びていて……それはまさに、私が出陣した戦が、どれだけ熾烈で過酷なものかを物語っていた。
椎名翼先輩。
私の憧れで、大好きな人。
私は東京選抜でマネージャーをやっている。家がスポーツドクターをやっている関係で、マネージャーなんてやる機会に恵まれたんだけど。
椎名先輩が東京選抜に選ばれた瞬間、私はマネージャーという立場も忘れて、大喜びしたくらいだった。
出会いは、選抜の前。
選抜が行われる前から、私はマネージャーになる気持ちを高めるために、様々な学校を偵察しに行っていた。
そして飛葉を偵察して……椎名先輩と出会った。
最初は「こんなところで何やってるわけ?」から始まり、様々な毒舌を浴びせられた。
でも私は、そんなこと気にならないくらい、彼の動きに魅了されていた。
そんな彼と話しているのはとても楽しくて。
かなり辛らつなことも言われたに違いないのに、私は微笑んでしまったのだ。
そうしたら、面食らったような、呆れたような顔をして……彼は優しく微笑んでくれた。「お前、面白いね」と言って。
――――その瞬間、私は恋に落ちた。
私をからかって遊ぶ、意地悪な彼は小悪魔だった。悪魔は、天使よりも美しい容姿を持って、人々を惑わすという話を聞いたことがあったけど、先輩はまさにそれ。
女の子以上に可愛くて、綺麗な容姿をしてて。
天使のように優しく微笑んで、私を翻弄する酷い人。
先輩にとっては、他愛も無い戯れでも。
私はいつも、その戯れに揺さぶられて、振り回される……。
それはとても幸せで……とても切なかった。
だから今日という日を借りて、私は一世一代の負け戦に出ることに決めた。
負け戦……という言葉は、ただ単に「玉砕」という言葉を使いたくなかったから使った。
振られるのは分かってる。
だって、この行列の中には、とびきりの美少女たちが立ち並んでいるのだから。
私だって、一応最高の努力はしてきたつもりだけど……正直、ここにいることが辛いくらいだ。自信の欠片も無い。
でも、見込みが無いなら早く区切りを付けたい。
自分と先輩の関係が変わってしまっても、私はもう、これ以上振り回されるのは耐えられない。
一人舞い上がって、でもそれが私の勝手な思い込みだと知って落胆するのは、もう嫌……。
そんな時、さっと行列が分散した。
見れば、先輩が何かを言っているようだ。すると、行列の女の子たちは、皆がっかりしたように肩を落とし、渋々周りに散っていった。
それを見計らったかのように、先輩の周りに集まる飛葉サッカー部面々。皆が先輩を囲んで、冷やかしたり、文句を言ったりしている。
あれ? 黒川君がいない。
何だか椎名先輩といつも一緒にいるイメージが強くて、いないだけで違和感を感じてしまう。
でも、私はそれで「ああ、もう部活が始まるんだ」と悟った。
部室へ向かって歩いていく先輩を遠くに見つめながら、私は意を決してその背中を追いかけた。
「お前ら! もっと早く動けよ!」
先輩の怒声が響くグラウンド。
フェンス越しに、私は彼らの姿を目で追った。
やっぱり先輩は、いつ見ても綺麗だ。
容姿だけじゃなくて、身に纏うオーラ自体が輝いているように見える。
先輩は人を惹きつける……。
「あれ……でも……」
何となくだけど。先輩の動きが、鈍い気がした。
いつもの切れが見えない。
何かに焦っているような、そんな感じ。
「翼! お前、どこ蹴ってんねん!!」
「っ……!」
先輩……どうしちゃったんだろう……。
そんな時、ふと肩を叩かれる。
「黒川……君?」
「何してんだ、ここで」
「……椎名先輩に……」
俯いた私に、黒川君は納得したように軽く笑った。そして、何かを思案したような表情をすると、フェンスを回り、グラウンドに駆けていった。
何で黒川君、ここにいたのかな?
ていうか、部活は??
そんなことを考えていると、突然大声がした。
「危ないっ!!」
「え……」
ガシャーーンという音と共に、サッカーボールがフェンスを直撃した。咄嗟に身を引いた私は、思わず尻餅を付く。
その直後、誰かが駆けてくる音。うわ……恥ずかしいな、こんな姿見られたら。
「大丈夫!?」
「へ、平気で……うぇっ!?」
慌てて身を起こそうとした私は、そのまま変な声を上げて固まった。
フェンス越しの相手も、呆気に取られたような顔をしている。
「し、椎名先輩……!」
「……何で、ここに……」
転がったボールが、フェンス越しに向かい合う私たちの影に重なる。
先輩はしばらくぽかんとした表情を浮かべて、はっとしたようにフェンスに足をかけた。そして、軽々とそれを乗り越えると、私の横に着地した。
「ほら……いつまで座ってるつもり? 目のやり場に……困るんだけど」
「へ………きゃぁっ!?」
慌てて捲れたスカートを直した私に、先輩は苦笑した。そして手を差し出してくれる。
私は恥ずかしさに俯きながらも、その手を取った。
「……悪かったね。柾輝が、突然とんでもないところにボール蹴るから……怪我、無い?」
「は、はい……大丈夫です」
「そう……良かった」
黒川君……彼はわざと、先輩をここへ呼んでくれたんじゃないだろうか?
私はさらに、恥ずかしくなって俯く。
「それで……何でお前は、こんなところにいるわけ?」
「あ、あの……」
あんなに練習したのに、いざとなると舌が凍ったように動かなくなる。
朝はあんなに気合い十分だったのに、今ではその面影すら見えなくなっている。
どうしよう……どうしよう……
先輩の顔が、まともに見れない。
夕焼けを浴びた先輩の顔は、あまりにも綺麗で……。
「……練習、戻るよ?」
静かにそう呟く先輩。
どうしよう、何か言わなくちゃ……。このままじゃあ、先輩が行っちゃう。
そして……先輩がフェンスに手を掛けた瞬間。
私は、自分でも驚くべき行動に出ていた。
「っ……先輩っ……待って……!!」
「っ!?」
先輩の背中にしがみついて。
私は自分の気持ちをぶつけた。
「っ…先輩が…好き……!! 好きで、好きで……どうしようもないんですっ……」
「……」
「先輩を……誰にも取られたくないのっ……!」
背中越しに感じる先輩の体温に、泣きそうになる。
先輩の顔は見えなくて、拒絶の言葉が吐き出されるのがいつなのか、推し量ることも出来ない。
ふと、先輩のため息が聞こえた。
首だけ振り返った先輩は、困ったような顔をして微笑んでいた。
「せん…ぱい……」
先輩は笑ったまま、私の腕をそっと掴む。そしてくるりと私へ向き直ると、そのまま腕の中へ閉じ込められた。
「っ……先、輩……?」
「……お前、大胆すぎ……」
「……え?」
「本気で……心臓止まるかと思った……」
ぎゅっと、息が止まるくらいに強く抱き締められ、私は息を呑んだ。
でも、苦しいのはそれだけじゃない。
自分の心臓が、今にも破裂しそうな勢いで早鐘を打っているからだ。
「俺も好きだよ……のことが……」
「っ…………」
「だから今…………嬉しくて死にそうなんだよ……」
「せんぱ……いっ……」
涙が溢れてくる。
一番聞きたくて、でも言ってもらえるはずの無い言葉。
それが今、私の頭上から降ってきた。
あり得ない奇跡。
私たちは向き合って、見つめ合う。
私の顔が赤いのも、先輩の顔が赤いのも、みんなみんな、この夕焼けのせいだ。
心の中が燃えるように熱いのも、先輩の瞳が燃えるような熱さをはらんでいるのだって、全部、この綺麗な夕焼けのせいなんだ……。
「先輩……これ、受け取ってもらえますか?」
「……もちろん。だって俺は――――」
ふ、と顔に影が落ちる。
先輩の顔が、目の前いっぱいに広がる。
「出会ったあの日から……お前の虜なんだよ」
夕焼けに、全てのものが飲み込まれ、溶けていく。
唇から染み渡る、先輩の言葉。
震える胸に、響く声。
……世界は今、私と先輩だけになった。
帰り道、私のチョコを食べながら隣を歩く先輩が何かを呟いた。
小さくて、聞こえなくて聞き返すと、先輩は私の頬を軽く抓った。
「いひゃいっ」
「ぷっ……」
こんなやり取りでさえ嬉しく思う私は、相当重症だ。
先輩に意地悪されても、かまってもらえることが嬉しいんだから。
前言撤回。
先輩になら、いくらでも振り回されたい。
私を好きでいてくれるなら、どんなことされたって、幸せだもん。
だから先輩。
どうか私を、ずっと好きでいてください……。
「僕をここまで振り回す女なんて、お前以外はいないよ……」
Mission2:Complete......!
二位は翼姫でした! 投票数は43票。私はてっきり、翼が一位かと思ってたんで、期待が裏切られて嬉しいやら悲しいやら、複雑でした(苦笑)いやいや、でも二位だからいいじゃんね。しかも、一位との差は僅か5票ですもん。大健闘だよ、姫vvvしかも、一番沢山の人から票を貰っていたのは姫でした。とにかく、桃井は翼が大好きなので、いっつも美味しい展開になりがちでした。そしてまた今回も、めちゃ甘い感じで美味しさ全開です。でもいいんです。一応、一番の見所とまとめは、一位に譲ったから(ホントかよ?)いや、微妙だけど……。姫様は、とっくの昔に綾さんに陥落してるっぽいですし。
姫が調子悪かった理由は、言わずもがな、ヒロインちゃんにチョコ貰えなかったからです。まさか他校の子が来るはずも無い……とは思いつつも、期待しちゃうのが男の子。可愛いですねー。そんなこんなで、見事ヒロインの愛をゲットできて、この先の姫に怖いものは無いって感じで、無敵素敵なエンジェルスマイルをお見舞いしてくれそうですvvv
姫様、今後も我がサイト、笛部屋の看板役者として宜しく頼むよ!! 二位、おめでとうねーvvv