Mission2: 小悪魔を陥落させよ!



「うわ……あり得ないよぉ、コレ」

 思わず呟いてしまう。
 飛葉に着いた途端、女の子が行列を作っている。
 そして、その先にいるのは……

「椎名先輩!! これ、受け取ってくださいっ」
「……サンキュー」
「きゃーっ、受け取ってもらえた〜vvv」
「……」

 行列は、校門の外まで伸びていて……それはまさに、私が出陣した戦が、どれだけ熾烈で過酷なものかを物語っていた。

 椎名翼先輩。
 私の憧れで、大好きな人。
 私は東京選抜でマネージャーをやっている。家がスポーツドクターをやっている関係で、マネージャーなんてやる機会に恵まれたんだけど。
 椎名先輩が東京選抜に選ばれた瞬間、私はマネージャーという立場も忘れて、大喜びしたくらいだった。

 出会いは、選抜の前。
 選抜が行われる前から、私はマネージャーになる気持ちを高めるために、様々な学校を偵察しに行っていた。
 そして飛葉を偵察して……椎名先輩と出会った。

 最初は「こんなところで何やってるわけ?」から始まり、様々な毒舌を浴びせられた。

 でも私は、そんなこと気にならないくらい、彼の動きに魅了されていた。
 そんな彼と話しているのはとても楽しくて。
 かなり辛らつなことも言われたに違いないのに、私は微笑んでしまったのだ。
 そうしたら、面食らったような、呆れたような顔をして……彼は優しく微笑んでくれた。「お前、面白いね」と言って。

――――その瞬間、私は恋に落ちた。


 私をからかって遊ぶ、意地悪な彼は小悪魔だった。悪魔は、天使よりも美しい容姿を持って、人々を惑わすという話を聞いたことがあったけど、先輩はまさにそれ。

 女の子以上に可愛くて、綺麗な容姿をしてて。
 天使のように優しく微笑んで、私を翻弄する酷い人。
 先輩にとっては、他愛も無い戯れでも。
 私はいつも、その戯れに揺さぶられて、振り回される……。

 それはとても幸せで……とても切なかった。

 だから今日という日を借りて、私は一世一代の負け戦に出ることに決めた。
 負け戦……という言葉は、ただ単に「玉砕」という言葉を使いたくなかったから使った。

 振られるのは分かってる。
 だって、この行列の中には、とびきりの美少女たちが立ち並んでいるのだから。
 私だって、一応最高の努力はしてきたつもりだけど……正直、ここにいることが辛いくらいだ。自信の欠片も無い。

 でも、見込みが無いなら早く区切りを付けたい。
 自分と先輩の関係が変わってしまっても、私はもう、これ以上振り回されるのは耐えられない。
 一人舞い上がって、でもそれが私の勝手な思い込みだと知って落胆するのは、もう嫌……。

 そんな時、さっと行列が分散した。
 見れば、先輩が何かを言っているようだ。すると、行列の女の子たちは、皆がっかりしたように肩を落とし、渋々周りに散っていった。
 それを見計らったかのように、先輩の周りに集まる飛葉サッカー部面々。皆が先輩を囲んで、冷やかしたり、文句を言ったりしている。

 あれ? 黒川君がいない。
 何だか椎名先輩といつも一緒にいるイメージが強くて、いないだけで違和感を感じてしまう。
 でも、私はそれで「ああ、もう部活が始まるんだ」と悟った。
 部室へ向かって歩いていく先輩を遠くに見つめながら、私は意を決してその背中を追いかけた。






「お前ら! もっと早く動けよ!」

 先輩の怒声が響くグラウンド。
 フェンス越しに、私は彼らの姿を目で追った。

 やっぱり先輩は、いつ見ても綺麗だ。
 容姿だけじゃなくて、身に纏うオーラ自体が輝いているように見える。
 先輩は人を惹きつける……。

「あれ……でも……」

 何となくだけど。先輩の動きが、鈍い気がした。
 いつもの切れが見えない。
 何かに焦っているような、そんな感じ。

「翼! お前、どこ蹴ってんねん!!」
「っ……!」

 先輩……どうしちゃったんだろう……。

 そんな時、ふと肩を叩かれる。
「黒川……君?」
「何してんだ、ここで」
「……椎名先輩に……」
 俯いた私に、黒川君は納得したように軽く笑った。そして、何かを思案したような表情をすると、フェンスを回り、グラウンドに駆けていった。

 何で黒川君、ここにいたのかな?
 ていうか、部活は??
 
 そんなことを考えていると、突然大声がした。
「危ないっ!!」
「え……」

 ガシャーーンという音と共に、サッカーボールがフェンスを直撃した。咄嗟に身を引いた私は、思わず尻餅を付く。
 その直後、誰かが駆けてくる音。うわ……恥ずかしいな、こんな姿見られたら。

「大丈夫!?」
「へ、平気で……うぇっ!?」

 慌てて身を起こそうとした私は、そのまま変な声を上げて固まった。
 フェンス越しの相手も、呆気に取られたような顔をしている。

「し、椎名先輩……!」
……何で、ここに……」

 転がったボールが、フェンス越しに向かい合う私たちの影に重なる。

 先輩はしばらくぽかんとした表情を浮かべて、はっとしたようにフェンスに足をかけた。そして、軽々とそれを乗り越えると、私の横に着地した。
「ほら……いつまで座ってるつもり? 目のやり場に……困るんだけど」
「へ………きゃぁっ!?」
 慌てて捲れたスカートを直した私に、先輩は苦笑した。そして手を差し出してくれる。
 私は恥ずかしさに俯きながらも、その手を取った。
「……悪かったね。柾輝が、突然とんでもないところにボール蹴るから……怪我、無い?」
「は、はい……大丈夫です」
「そう……良かった」

 黒川君……彼はわざと、先輩をここへ呼んでくれたんじゃないだろうか?
 私はさらに、恥ずかしくなって俯く。

「それで……何でお前は、こんなところにいるわけ?」
「あ、あの……」
 あんなに練習したのに、いざとなると舌が凍ったように動かなくなる。
 朝はあんなに気合い十分だったのに、今ではその面影すら見えなくなっている。
 
 どうしよう……どうしよう……

 先輩の顔が、まともに見れない。
 夕焼けを浴びた先輩の顔は、あまりにも綺麗で……。

「……練習、戻るよ?」

 静かにそう呟く先輩。
 どうしよう、何か言わなくちゃ……。このままじゃあ、先輩が行っちゃう。

 そして……先輩がフェンスに手を掛けた瞬間。
 私は、自分でも驚くべき行動に出ていた。

「っ……先輩っ……待って……!!」
「っ!?」

 先輩の背中にしがみついて。
 私は自分の気持ちをぶつけた。

「っ…先輩が…好き……!! 好きで、好きで……どうしようもないんですっ……」
……」
「先輩を……誰にも取られたくないのっ……!」

 背中越しに感じる先輩の体温に、泣きそうになる。
 先輩の顔は見えなくて、拒絶の言葉が吐き出されるのがいつなのか、推し量ることも出来ない。

 ふと、先輩のため息が聞こえた。
 首だけ振り返った先輩は、困ったような顔をして微笑んでいた。
「せん…ぱい……」
 先輩は笑ったまま、私の腕をそっと掴む。そしてくるりと私へ向き直ると、そのまま腕の中へ閉じ込められた。

「っ……先、輩……?」
……お前、大胆すぎ……」
「……え?」
「本気で……心臓止まるかと思った……」

 ぎゅっと、息が止まるくらいに強く抱き締められ、私は息を呑んだ。
 でも、苦しいのはそれだけじゃない。
 自分の心臓が、今にも破裂しそうな勢いで早鐘を打っているからだ。

「俺も好きだよ……のことが……」
「っ…………」
「だから今…………嬉しくて死にそうなんだよ……」
「せんぱ……いっ……」

 涙が溢れてくる。
 一番聞きたくて、でも言ってもらえるはずの無い言葉。
 それが今、私の頭上から降ってきた。
 あり得ない奇跡。

 私たちは向き合って、見つめ合う。

 私の顔が赤いのも、先輩の顔が赤いのも、みんなみんな、この夕焼けのせいだ。
 心の中が燃えるように熱いのも、先輩の瞳が燃えるような熱さをはらんでいるのだって、全部、この綺麗な夕焼けのせいなんだ……。

「先輩……これ、受け取ってもらえますか?」
「……もちろん。だって俺は――――」

 ふ、と顔に影が落ちる。
 先輩の顔が、目の前いっぱいに広がる。

「出会ったあの日から……お前の虜なんだよ」

 夕焼けに、全てのものが飲み込まれ、溶けていく。

 唇から染み渡る、先輩の言葉。
 震える胸に、響く声。

 ……世界は今、私と先輩だけになった。






 帰り道、私のチョコを食べながら隣を歩く先輩が何かを呟いた。
 小さくて、聞こえなくて聞き返すと、先輩は私の頬を軽く抓った。

「いひゃいっ」
「ぷっ……」

 こんなやり取りでさえ嬉しく思う私は、相当重症だ。
 先輩に意地悪されても、かまってもらえることが嬉しいんだから。

 前言撤回。
 先輩になら、いくらでも振り回されたい。
 私を好きでいてくれるなら、どんなことされたって、幸せだもん。

 だから先輩。
 どうか私を、ずっと好きでいてください……。



「僕をここまで振り回す女なんて、お前以外はいないよ……」




Mission2:Complete......!


二位は翼姫でした! 投票数は43票。私はてっきり、翼が一位かと思ってたんで、期待が裏切られて嬉しいやら悲しいやら、複雑でした(苦笑)いやいや、でも二位だからいいじゃんね。しかも、一位との差は僅か5票ですもん。大健闘だよ、姫vvvしかも、一番沢山の人から票を貰っていたのは姫でした。とにかく、桃井は翼が大好きなので、いっつも美味しい展開になりがちでした。そしてまた今回も、めちゃ甘い感じで美味しさ全開です。でもいいんです。一応、一番の見所とまとめは、一位に譲ったから(ホントかよ?)いや、微妙だけど……。姫様は、とっくの昔に綾さんに陥落してるっぽいですし。
姫が調子悪かった理由は、言わずもがな、ヒロインちゃんにチョコ貰えなかったからです。まさか他校の子が来るはずも無い……とは思いつつも、期待しちゃうのが男の子。可愛いですねー。そんなこんなで、見事ヒロインの愛をゲットできて、この先の姫に怖いものは無いって感じで、無敵素敵なエンジェルスマイルをお見舞いしてくれそうですvvv
姫様、今後も我がサイト、笛部屋の看板役者として宜しく頼むよ!! 二位、おめでとうねーvvv