「ごめんなさいっ……ごめんなさいっ……」
 夜の静寂の中、途絶えることなく響く謝罪の言葉。
 恐怖と絶望と憐憫に満ちたその声音を聞くと、胸が軋むほどに痛む。
 
 でも……どうしても止められない。
 彼女の悲愴に歪んだ顔を見るたび、その罪の重さが圧し掛かっても。

「もう許してっ……お願いっ……お願い誠二!!」
「……が悪いんだ。お前が俺を裏切るから、だから俺は――――っ!」
「いやぁぁっ! 痛いっ、痛いよ誠二っ……」

 彼女に対する愛が深すぎて。
 制裁という名の「愛の鞭」を俺は振るい続ける。



 
Seven-7- 〜僕が望む7つの言葉〜



 夕闇に映し出された二つの影。
 間が悪かったのは、俺かか。
 駅のホームの向かい側。は他の男と抱き合っていた。しかもその相手は、俺のよく見知った顔。
「三上……先輩っ……」
 二人は俺の存在には気づいておらず、そのまま電車へと乗り込んだ。
 立ち尽くした俺の影が、不気味に伸びていく。

 が俺を裏切った。
 先輩が俺を裏切った。

 その瞬間、張り詰めていた糸が音を立てて切れた。



「誠二……? どうしたの、こんな遅くに」
 夜も半ばに差し掛かった頃、は部屋に戻ってきた。
 そしてその隣には憎い男の姿。
「……よう、バカ代。お前、こんなとこで何やってんだ」
 軽口を叩くふりをしても、相当に焦っている。
 まさか俺がいるなんて、思いもしなかったんだろう。
「別に……。の帰りが遅いから、心配して待ってたんすけど」
「そ、そうだったんだ。ごめんね、連絡もしないで! 買い物途中で三上先輩に会って、それで、もう遅いからって送ってもらったの」
 見え透いた嘘。
 俺に電話してくれればすぐに駆けつけるのに。
 それはも知ってるはずなのに。
「……まあ、もう遅せえし、とっとと部屋に戻れよ」
 そう言って、半ば押し込むようにを部屋へ向かうように言った三上先輩。
 それはまるで、俺から逃がすかのようだった。
 少しだけ困惑したように、でもそのまま部屋に戻ろうとするの腕を俺は掴んだ。
「っ!」
 の目が、大きく見開かれる。
 その瞳には、恐怖と後悔が滲んでいる。
「……どうして? 、いつも俺の部屋に泊まっていくじゃん。今日もそうしなよ。部屋に一人じゃ心細いだろ?」
「で、でも……今夜は、疲れてるから……」
「……俺と一緒が嫌なわけ?」
「ち、違うよ! そんなんじゃないよ!! そんなんじゃないのっ……」
 息を乱して否定する
 三上先輩が、心配そうに見ている。
「……藤代。もこう言ってんだ。今日くらい、一人で寝かせてやれよ」
「……先輩には関係ないっすよ。、来いよ」
「っ……誠二……」
 俺は強引にの腕を引き、部屋へと押し込んだ。
 三上先輩が、非難めいた視線を俺に向ける。
「……他人の色恋沙汰になんて興味はねえけど、お前、ちょっとを束縛しすぎなんじゃねえの?」
「……そんなの、当たり前じゃないっすか。は俺のモノ。好きな女を縛りたいって、普通の感覚じゃないんっすか?」
「それは……」
「――――人の女に手を出したら、いくら先輩でも俺、容赦しませんから」
「っ!?」
「これ以上に近付いたら……三上先輩、俺、アンタを殺しますよ」
「藤代……」
「分かったら、二度と俺のに触るな」
 そう言い切って、俺は部屋の扉を荒々しく閉めた。
 背後で三上先輩の声が聞こえたが、無視した。



 部屋に入るなり、俺は立ち尽くしていたを突き飛ばした。は軽く悲鳴を上げ、簡単にソファーに倒れ込んだ。捲れ上がったスカートから、の白い足が覗く。
「誠二……あの……」
 が縋るような目つきで俺を見上げる。
 その目を見た瞬間……俺は、に手を上げていた。

――――ぱしんっ!

「きゃぁっ!!」
 の白い頬が、薄く色付く。大きく瞳を揺らしながら、は俺を見た。

――――俺は今……を?

「誠二……」
 手のひらで頬を押さえた。その動きで首筋の髪の毛がぱらりと流れる。その首筋の、赤い痣。俺の中で、憎しみと嫉妬の炎が燃え上がった。
「……、今日どこで何してた?」
「え……私は……」
「三上先輩と、どこで何してたか聞いてるんだよ」
「っ……」
「言えないようなことしてたんだ?」
「違うっ……違うよ誠二、私はっ……」
「……五月蝿いっ!」
 自分でも驚くほどに力が入った。の口から、薄っすらと鮮血が流れる。殴られた衝撃で口が切れてしまったのだろう。は呆然として、ただ黙っている。
「……嘘つき。三上先輩にさっきまで抱かれてたんだろ?」
「!?」
「……俺にはもう飽きた? 三上先輩の方が良くなったんだ?」
「誠二、ごめんなさいっ……私、私っ……」
 がたがたと肩を震わせて、涙を零す
 その白い顔は尚青ざめ、血の気が引いている。
「なあ……」
 俺はの顔を引き寄せて、自分の顔を近づける。
「人間なら、誰だって魔がさすってことあるよな? それは俺も分かってるよ。だって人間だから」
 言いながら、の唇に滲んだ血を舐め取る。鉄との味がする。の長い睫毛が震える。
「せい……じ……」
「でもさ……分かってても、許せないことってあるよ。だって俺は、こんなにもを愛してるのに、は俺を裏切ったんだから」
「っ…………」
 嫌な予感を感じたのか。が俺から逃げるように、後ずさる。……逃げ道なんて無いのに。
「空気は読めるのに、俺には気付かなかったんだね? そんなに三上先輩が好きなんだ?」
「!?……まさか誠二……さっきの見て………きゃあっ!?」
「……他の誰かのものになるくらいなら、俺は……」

――――君をこの手で……壊したい



「誠二っ……もうやめてっ……もう許してっ……」
「うるさい黙れ! 俺を裏切ったくせに!」
「痛いっ……痛いっ……お願いぶたないで!! 痛いっ……痛いよぉっ……」

 泣き叫ぶを、俺は殴って蹴って無理矢理犯した。
 の白くて綺麗な肌には、無数の痣が付いている。
 泣き腫らした目は、真っ赤に充血してウサギのようになっている。

 これはもう、限り無く惨劇に近い悲劇のシナリオ。
 魔がさした君のあやまちを許せない俺が創った、最悪のシナリオ。
 こんなことをするつもりなんてなかったのに。
 俺はを愛しているのに。本当に心から大切に思っているのに。
 だからこそ、許せない。
 俺を裏切ったが憎い。愛しいのに憎い。愛しているから、どうしても許せない。

「なあ……許してほしい?」
「うんっ、うんっ……許してっ……お願い、許してっ……」
「いいよ……これから言う7つの約束が守れるなら……」
「守る……絶対に守るからっ……」
 の顔に安堵が浮かぶ。俺はの耳元で、7つの言葉を繰り返した。は虚ろな瞳のまま、何度も何度も頷いた。



 あれから一ヶ月が過ぎた。
 はいつも、俺の傍にいる。前と変わらぬ笑顔……を無理矢理作りながら。
 俺ももう、二度とあんなことはしないと誓った。を傷つけたり泣かせたりしないと。本当に心に誓ったんだ。
 だけど……
 今度は俺に、魔がさした。
 が風呂に入っている時、ついの携帯に手が伸びた。
 可愛らしいディスプレイには、数件のメールと着信ありの表示が出ている。その相手を見た瞬間、封じ込めていたはずの残酷な気持ちが、再び蘇ってくる。

――――、俺はお前が好きだ。
――――藤代のところから逃げて来い。俺が助けてやる。
――――、返事をくれ。お前が心配なんだ。

「っ…………」

を守るべきはずの盲目の愛。
でも、俺は、のあやまちを許せないままで。
青い炎の様にゆらめいた、この嫉妬にただとり憑かれている。

「誠二、お風呂空いた――――……何で……」
「……には俺しかいらないだろ? 携帯なんて必要ないよ」
「そんな……酷い……こんなの……いくらなんでも……」
 の視線の先には、粉々に砕け散った携帯の残骸が転がっている。
「何で? それとも、まだ三上先輩と続いてるわけ?」
「っ……そんな! そんなことしてない! 私は誠二だけだよ!?」
「……どうだか。今もメールが超来てたし、電話だって何度も来てるみたいじゃん」
「それはっ……」
は……俺だけじゃ不満なんだ。あの愛し方じゃ足りない? 俺の愛が少ないのかな?」
「やめて……誠二……前みたいに戻ってよ……」
「前? 俺は最初からだけが好きだよ。今も昔も何も変わって無い。……変わったのはだろ? 俺だけじゃ物足りなくて、他の男に縋って!」
 俺は既に原型をとどめていないの携帯を、何度も何度も踏みつけた。ガラスの破片が足を傷つけ、床に鮮血が滴った。
「やめてっ!! 誠二、やめてぇぇっ!!」
 が俺を抱き締めて、動きを止めようとする。でも俺はそんなを突き飛ばし、携帯を踏み続けた。

 血溜まりの中、俺は床に座り込むを見下ろす。
 可愛くて綺麗で優しい俺の恋人。

「なあ、俺が言った7つの言葉覚えてるよね?」
「うん……覚えてるよ」
「じゃあ、今からそれを実行してよ。そうしてくれないと俺、もう自分を抑えられないよ」
「誠二……っ……」
 の瞳から、無数の雫が零れ落ちる。そしてやがて、は俺の足元に縋りつくようにして言った。

「私は……貴方だけ、誠二だけを愛してる。私は誠二だけのモノだよ……」
 一つ目の言葉――――『あなただけ...』だと 今 誓え

「……この前のことは、本当にごめんなさい。私が全部悪いの。誠二のことを裏切った私は、最低な女なの。どんな罰も受けるから……許してくださいっ……ごめんなさいっ……ごめんなさいっ……」
 二つ目の言葉――――罪を感じて懺悔をしろ

「そうだよ……が悪いんだ。この身体を、あんな男に好きにさせるなんて……!!」
――――ドガッ!!
「ぐっ……!! ごめんなさいっ……ごめんなさ――――んぐっ……うぅっ……!!」
「ハハッ……そう、が悪いんだから。抵抗しないのは当たり前だよ。これは罰、お仕置きなんだから。が好きだから、お仕置きしてるだけなんだから……アハハッ……ハハハハハハハッ」
 三つ目の言葉――――蹴られても抵抗するな

「ごめんなさいっ……私が悪かったの……ごめんなさいっ……もう許してくださいっ……もう二度と誠二を裏切らないから……許して……許してください……」
「……本当に? もう絶対に裏切らないって誓える?」
「うんっ……絶対裏切らないっ……だから許してぇっ……!」
四つ目の言葉――――泣いて許しを乞え

「……いいよ、許してあげるよ」
「私っ…………誠二が私を愛してくれるのと同じくらい、気持ち返せてるか不安だったの……それを三上先輩に相談してて、それでっ……。でも、私は本当に誠二が好き……大好きなの……」
「……三上先輩よりも? 俺が好き? 俺と一緒にいたい? 俺に抱かれたい?」
「うんっ、うんっ、三上先輩なんかより、ずっと誠二の方がいいよ! 誠二が好き! 誠二にしか抱かれたくないし、誠二としか一緒にいたくないの!! 誠二が大好きなの、愛してるの……!!」
 五つ目の言葉――――そして、言い訳をしろ

「ふーん……そっか。俺のこと好きなんだ?」
「うんっ……誠二、好き、大好きっ……」
……俺も好きだよ。愛してるよ。こっち、来て……?」
「誠二っ……」
 の匂いが、俺の鼻腔を刺激する。
 甘い匂いが、俺の気持ちを落ち着かせる。
 回された腕、触れ合った肌の柔らかさが、俺の心を穏やかにしてくれる。

 六つ目の言葉…………次は、いつもの様に甘えてみて


――――そして七つ目、
 もしそれができないのなら、ここで 今 死んでみせてくれ……







 それからも俺は、何かある度を傷つけた。
 自分でも、明らかに異常だったのだ。の目に、俺がどんな風に映っていたかなんて、誰に言われなくても分かっていた。
 
だけど……離れられない。
どんなにを傷つけて苦しめて悲しませても、を手放すことが出来なかった。それだけにやるせない思いだけが、ただいつも燻っていた。

 そんなある日、が熱を出して寝込んでしまった。
 死んだように眠るが、ぽつりと呟いた。
「……誠二…………ごめんね…………愛してる…………」
「っ………………」
 
 夢の中でも俺の影に怯えて苦しむ
 はこんな毎日を、ずっと過ごしていたのだ。


『誠二っ……大好きだよ』
『もうっ、また人参残してぇ……これ食べないと、おやつは無しね!』
『きゃー、誠二ってばすごい!! ハットトリックじゃない!! おめでとうっvvv』
『じゃーん、ちゃん特製愛妻弁当(人参スペシャル)でーすv 残さず食べてね?v』


 の笑顔を最後に見たのはいつだったか。
 最近のは、ずっと暗い顔をしていた。

「誠二……ふふっ……」
……お前……」
「人参スペシャル……だよ…………」

 寝ているが、薄っすらと微笑んだのを見た時。
 俺の中で必死で気付かないフリをしていたものが、雪崩のように崩れ落ちた。

「俺は……俺は何てことを……」

俺がに強いた七つの言葉。
その言葉は、俺に対する懺悔の言葉。

でも……君以上の罪を犯していた、7つの言葉……



 風呂場で見た自分の顔は、酷く歪んで醜かった。
 こんな形相で毎日と一緒にいたのかと思うと、自分でも吐き気がする。
「ごめん…………ごめんっ……」
 手首に当てた刃が冷たく光る。

 結局俺は、最後までを信じられなかった。
 を許してやることが出来なかった。
 いつまでもいつまでも、心の中に揺らめく暗い情念を消すことが出来なかった。

「でも……俺は、本当にのことが好きだったんだよ……」


限りなく惨劇に近い悲劇は、最悪の結末。
を信じられない苦しみから逃げたい俺が、『7』を遂行した……



「ん……誠二……?」

 きっとは、俺を憎んでいる。
 自分を傷つけた俺を、心から嫌っているだろう。
 はこの先、きっと他の誰かに恋をして、誰かと一緒に生きていくのだろう。

「誠二……? どこにいるの?」

 俺はそれを傍で見ているなんて耐えられない。
 それならいっそのこと、を壊してしまえばいいと考えていたけれど……もっと簡単なことがあったんだ。

「あれ、シャワー浴びてるの? こんな真夜中に……誠二? 誠二―?」

 そうだ。
 俺自身がいなくなってしまえばいいんだ。
 そうすればもう、を傷つけずに済む。
 俺も苦しまずに済む。
 
 はきっともう一度、昔みたいに笑えるはずだ。

「もうっ、誠二ってば、シャワー流しっ放しで寝ちゃダメ……………え……誠二……?」

 ごめんな、
 本当に愛してたんだ。
 お前だけを、本当に……。


「嫌っ……嫌だよ、誠二……
いやっ、いやっ、いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!!!!!!!!!!



END.

:Re>>


……がはっ(吐血)なんて、なんて酷い!! ありえないよ、コレ!! これ書いた奴最低だよ!(お前だろ!)そうだ、私は最低だよ!(開き直り)……というわけで、誠二でやっちゃいました『7』です。この歌、すっごい古いですけど、何かこの前までやってた『ラストフレンズ』のソースケみたいじゃないですか? 好きすぎて、あれれ、みたいな。しかもラストフレンズ、最終回しか見たこと無い私が書いても、何か同じような展開になってしまったよ(;´▽`lllA``でも、こんな痛々しい歌なのに、ジャンヌが歌うと全然苦しくないから不思議です。エロもグロも、軽やかに聞こえるの(良い意味でね)歌詞がいつもズバズバと心に刺さると有名なジャンヌの曲ですが、これはホント衝撃でした……。これを採用した理由は、誠二っぽかったから(おい)いや、誠二って純粋だから思い詰めたらこんな感じになっちゃう気がするぅ……と思ったのですよ。いや、これは酷いけど。ごめんね誠二(涙)これも愛ゆえです!!
 でも、こんなこと言ったら私も狂ってると思われそうですけど、こんな風に相手を思えるってある意味すごいと思うのです。ここまで人を好きになったり、特別に思えたことが無い私は、ある種羨ましさみたいなものを感じます。誰かを特別に思えるって、私からしたらすごい羨ましい。そんな思いも、少しだけ書いてみました。何か心に思うことがあれば幸いです。

2008/06/29 桃井柚