一年で一番、町が華やぐ日――クリスマス。
美咲と鷹司が待つ喫茶店へ向かう途中、ふと目に付いた赤い服。
「メリークリスマス!」
サンタに扮した人物が、子供にお菓子を配っていた。そんな光景が、俺に昔を思い出させる。
子供の頃、俺はサンタを信じていた。
段々大きくなるにつれて、周りも誰もサンタを信じなくなっても。
勿論、俺だってサンタの正体くらい分かってる。妹がいるせいで、親父とお袋は俺に言わざるをえなくなったらしい。打ち明けられた時は、結構ショックだったもんだ。
でも……
こんなこと知られたら、きっと笑われるだろうし、自分でもどうかしてると思うから誰にも言ってないけど。
俺は未だに……サンタの存在を信じてる。
たとえあれが、子供の俺が見た幻でも――――。
「ねえねえお兄ちゃん、サンタさんまだかな?!」
「……」
まったく、コイツは……。
俺は幼い妹に、溜め息をつきたくなった。さっきから10回目だ、コイツがこの台詞を言うのは。
「深月<みつき>、まだ夜になってないだろ? サンタは夜、寝ている間に来るんだよ」
「えぇ〜! だって深月、サンタさんとお話するんだもん! お手紙だって書いたんだよ?」
駄々をこねる深月を見かねて、母さんが言った。
「サンタさんはね、早く眠るイイ子にしかプレゼントをくれないのよ? プレゼント欲しくないの?」
「プレゼント欲しいよ!」
「じゃあ早く寝ないとね? ほら香月、深月を部屋に連れていって」
不服そうな顔で、でもプレゼントの誘惑に負けたらしい深月は、渋々俺の手を握った。俺はその手を握り返し、深月を部屋へと連れて行く。
ベッドに入った深月に布団をかけてやる。眠そうに目を瞬かせて、深月が言った。
「お兄ちゃん、サンタさん来てくれるよね?」
「お前がちゃんと眠ったらね」
「すぐに寝る!!」
ガバッと布団を被る妹を見て、少しだけ羨ましくなる。母さんからサンタの正体を告げられてからというもの、クリスマスは少しつまらなくなった。プレゼントは貰えても、あんまり嬉しくない。
もし今深月に、サンタの正体をバラしたらどうなるだろう。……なんて、ちょっと意地悪してみたくなったりもするのだ。でも、さすがにそれは可哀相だから言わなかった。深月のことを、これでもすごく可愛いと思っている。お兄ちゃんだから、というよりも、単純に深月が喜ぶなら……そう思って、深月を可愛がっているのだ。少なくとも、俺はそう思ってる。
しばらくして、小さな寝息が聞こえてくる。あんなに騒いでたのが嘘みたいだった。
「おやすみ」
そっと深月の頭を一撫でして、俺はそっと部屋を出た。
「ありがとう香月。深月は寝た?」
「うん。もうぐっすり」
「ふふっ、はしゃぎすぎて疲れたのね」
母さんは笑って時計を見た。
「お父さん、もうすぐ帰ってくるけど……香月ももう寝る?」
「もう少し待ってるよ。まだ9時だし」
「そう? じゃあ、一緒に待ってようか」
しばらくして、父さんが帰ってきた。手には大きなプレゼントが二つ。
「香月、父さんサンタからプレゼントだぞ!」
「ありがと!……って父さん、これじゃないよ〜」
中身は、俺が欲しがってたゲームとは違うゲーム。はあ……あれほど言ったのに。
「あれ? 間違えたか。何とかワールドって言ってたじゃないか」
「ワールドじゃなくて、ワイルド! あ〜、がっかり」
「別にいいじゃないか、ワールドもワイルドも変わらないって!」
「……」
うちのサンタは、つくづく適当で困る。まあ、貰えないよりははるかにマシだけど。
「ほら香月、そろそろ寝なさい。明日も学校でしょ」
「はーい……じゃあおやすみ」
「おやすみなさい」
父さんの「ちゃんと確かめたつもりだったんだけどなぁ〜」という間延びした声を聞きながら、俺は自分の部屋へ向かった。ちぇっ、まあ明日から冬休みだし、当分はこのゲームで遊べそうだからいいか。あんまり父さんサンタを責めても可哀相だ……というより、あんまり文句を言って、来年からサンタが来なくなったら困る。
ゲームを机の引き出しに入れ、電気を消して布団に入る。
目を閉じれば、途端に睡魔が襲ってくる。
あぁ、明日の朝は深月の声で起こされるんだろうな……
――――ギィィ……
扉が開く音で、目が覚めた。
頭上の目覚まし時計は、夜中の3時を指している。
廊下の電気は点いているが、さすがに母さんたちも寝ただろう。
「……」
何となく気になって、そっと布団から抜け出る。
多分、父さんか母さんがトイレに起きたに違いない。それでなければ、隙間風が扉を開けたのかもしれない。
少しだけ部屋の扉を開けて、廊下を見る。
当たり前だけど誰もいない。やっぱり気のせいだ。そう思って、扉を閉めようとした時だった。
廊下に、黒い長いシルエットが浮かび上がった。……誰かいる!?
途端に怖くなって、布団に潜り込んだ。
泥棒? 幽霊?
何でもいい、早く寝てしまおう!
そう思っても、怖くて眠れない。布団を頭から被っていても、怖い。
10分くらいそうしていただろうか。段々と怖さも和らいできて、俺は布団を少しだけ持ち上げてみた。その時だった。
誰かが俺の部屋の前に立っていたのだ! さっき少しだけ開けたままにした扉から、廊下の光が漏れこんでいるその中に、黒いシルエットが伸びている。
「っ……」
声が出ない。
このまま寝たフリをするしかない。そう思っても、布団から覗く影から目を逸らせない。
影はそのまま、部屋へと入ってきたようだった。
そして、段々と近付いてくる。
――――怖い!
――――父さん、母さん!!
布団をぎゅっと握り締め、俺は恐怖と戦っていた。
影は、俺の真横まで来ると、そこで立ち止まった。
ぎゅっと目を瞑った俺の耳に、声が響いた。
「プレゼント、何が欲しいかい?」
驚いて、思わず目を開ける。布団から隠れてよくは見えないが、真っ赤な服だけが見えた。
「プレゼント、何が欲しいかい?」
その赤い服はもう一度言った。俺はおそるおそる口にする。
「サンタ……?」
返事は無い。でも、何となく恐怖は無くなっていた。……布団を取るのは怖いけど。
でも、何を言えばいいのか分からなかった。
どうしよう? プレゼント? 本当にサンタ?
色んな思いがぐるぐると回り、言葉にならない。
しばらくの間があった後……その赤い服は、こう言った。
「……次が最後だよ」
――――!?
一瞬、背筋に寒気が走った。
布団を被っているはずなのに、外に出たみたいな寒さがする。それと同時に、もし次何も答えられなかったら……とても怖いことが起きてしまうような、そんな気がした。
「ちょっ、ちょっと待って! 俺が欲しいのはっ」
ゲーム? 漫画? サッカーボール?
違う違う。そんなんじゃない。でも、じゃあ何――?
ダメだ、何にも思い浮かばない!! さっきまで俺が欲しがってたゲームのタイトルって何だっけ? あーほら、さっき父さんも言ってただろ!? 何で思い出せないんだ……!!
混乱する俺の耳に、ゆっくりと告げられる低い声。
「プレゼント、何が欲しいかい?」
「っ〜〜〜〜〜〜――――――!!!」
その時、布団の隙間から、にたりと笑う老人と目が合った。
「うっ、うわぁぁぁぁぁぁっ!!」
俺はそのまま気を失った……。
「きっと、怖い漫画とサンタさんが一緒になっちゃったのね」
「香月、お前も怖がりだな」
「違うよ! 本当にいたんだって!!」
「お兄ちゃん、見てみて〜!!」
「……」
父さんと母さんに夕べの話をしても、信じてもらえなかった。深月は嬉しそうに父さんサンタから貰った人形で遊んでいる。
夢だった……のだろうか。でも、クリスマスにあんなにリアルな夢見るなんて……と、何とも釈然としない気持ちだけが残る。
アイツは一体……何者だ?
あれから10年が経った。
あれ以来、一度もサンタ(?)には会っていない。そりゃあサンタなんているわけもないんだから、会えるはずもないのだが……でも、あの小学生の時のことは未だに忘れられないのだ。
そんな時、ふと思い出した。
そう言えばあの時……俺は何が欲しいって言ったんだろう。今普通に生きてるんだから、何かしら言ったに違いないのだが……あんまり覚えてない。いや、もしかしたら、もしかしなくてもあれは俺の妄想な可能性が高いんだけど。大体、あのサンタは普通のサンタじゃなかった。プレゼントを配る、子供の夢なんかじゃなくて、ホラー映画に出てきそうな感じだったし……。小学生の時から、クリスマスにあんな恐怖体験するなんて、俺ってもしかしたら結構レアなんじゃないかね。
「あ、サンタさんだ!」
「僕にもお菓子ちょーだい♪」
子供たちが、サンタの周りを駆け回る。
時計を見れば約束の時間を、もう10分も過ぎている。やべっ、美咲たちに怒られる。
慌てて駆け出そうとした時、ふと背後に気配を感じた。
振り返る前に、いつか聞いたあの声が響いた。
「――――……――――」
振り返れば、そこには誰もいなかった。
その代わりに、携帯が唸り声を上げる。
「もしもしっ、香月! 今どこにいるの!? 鷹司がお腹空いたーってうるさいの、早く来てよー!」
「……サンタに、会った」
「へ? 何?」
「何でもない。今すぐ行くよ」
「あ、ちょっと香月――――」
俺はそのまま、人ごみの中を駆け出した。
赤い服が目にちらつくのを振り切るように。
さっきの言葉を掻き消すように。
――――君が欲しがったんだよ? この日常を……――――
「……ったく、とんだプレゼント貰っちまったな…………」
俺の脳裏には、ギャーギャーと喚く二人の友人たちと、黒い影を纏う青年たちの笑い声が響いていた……。
――――幼い願いは、上手い具合に歪められて叶えられ……――――
「プレゼント、何が欲しいかい?」
「――――楽しい毎日が欲しい……!!」
――了――