調査報告書 10015号
『ベッドの下の男〜人間の潜在意識による被害妄想、またそれに基づく犯罪〜』

調査概要:『ベッドの下の男』の名で広まる都市伝説と、実際の犯罪との関係性を調査する。

●噂の概要
 A子の家に、友人であるB美とC子が泊まりにきていた。夜も更け、そろそろ寝ようかという雰囲気になった時、突然B美が「アイスが食べたい」と言い出した。A子が「冷凍庫に入ってるよ」と言うが、B美は「それじゃ嫌。どうしても●●(コンビニ名)で売ってるアレが食べたいの!」と駄々をこねた。「じゃあ買ってきなよ」とC子。しかしB美は「一緒についてきて」と言って聞かない。結局B美に根負けした二人は、一緒にコンビニに向かうことにした。B美は二人を「早く早く」と急かし、半ば駆け足でアパートから出た。そして何故か、コンビニとは逆方向に走り出したのだ。「ちょっと、何でそっちに向かうの?」と二人が尋ねると、B美は二人の手を引き、走りながら言った。
「部屋のベッドの下に、鎌持った男がいたの!」

●調査結果
 都市伝説の中でも、特に有名なこの話。幽霊などオカルトめいた話とは違い、やけにリアルなのが特徴的である。一人暮らしをしている人などにとっては、ある意味「戸締りをしっかりしないと危険」といった教訓めいたものとなるかもしれない。
 この話には、様々なバリエーションがある。例えば鎌ではなく斧であったり、友人同士ではなく姉妹であったり、カップルの場合もあるようだ。ベッドの下だけではなく、押入れに狂人が潜んでいるバージョンもある。中には、家から出るのを嫌がった者が、無惨にも殺されてしまうというオチも存在する。ベッド≠ェ鍵となるこの話は、多くの学者が考えているように海外が噂の発祥地であると推測される(『鉤手の男』)。しかし、実際にこれと同じ話が英訳されて海外で回っている事実は無いという。多分、似たような話が変化を遂げて、このような形になったのだろう。似たような話の代表として、次のようなものがある。

〔例話『電気を点けなくて良かったな』〕
 女子大生A子は、先輩の家に友人たちと遊びに行った。夜も更けた頃、A子は友人たちと帰宅することにした。しかし、先輩の家を出た後ポーチを忘れたことに気付いた。慌てて取りに戻ると、玄関の鍵が開いている。先輩が鍵を掛け忘れたのだろうか。部屋に上がると、先輩が寝転んでいる。電気を点けるのも悪いと思い「忘れ物を取りに来ました」とだけ告げ、ポーチを手に早々に部屋を後にした。翌日、先輩の家の前を通りかかると、パトカーと野次馬で溢れ返っている。何事かと思い事情を尋ねると、何と先輩が何者かに殺されていたというではないか。警察に事情聴取を受けながら、部屋の様子を確認するA子。すると、テーブルの上に紙切れが置かれており、こう書かれていた。
「電気を点けなくて良かったな」

 この話も、都市伝説の王道と言えるほど有名でアメリカでは『ルームメイトの死』というタイトルで広まっている。アメリカでは寮生活が当たり前で、ルームメイトを持つのも当然の流れなのである。1960年代初頭より語られ始めたこの話、前者は機転の利く人物により難を逃れ、後者は自分の運の良さに助けられるというストーリーだが、部屋に何者かが潜んでいたことに最後に気付く、という部分でこれらの話は似通っている。この話を広める発端を担ったのは、全米女性を恐怖に陥れたレイプ殺人鬼テッド・バンディーであると考えられている。彼は、1974年頃から大学寮やショッピングセンターで犯行を行っていたようで、事実1977年にフロリダ州立大学の女子大生を殺害している。語られ始めた時期と前後してしまうが、このような事実≠ェ噂の印象を強くし、また信憑性を高めるため、事実と噂が混ざりながら世の中に蔓延していくのだと考えられる。
 さて、ここでベッドに話を戻したい。最近では日本でもベッドで寝る人が過半数を占めているが、ベッドの下の隙間は独特な空間だ。日本で言うなら、障子の隙間、押入れの中などが対応する場所だろうか。隙間という空間は、私たちに不思議な感覚を与えるものだ。それは、少しの恐怖や不安とも言える。言わば隙間は、日常生活に潜んだ異界なのである。異界には、人間とは別の生き物が生息している、という私たちの意識がある。そこからも『ベッドの下の鎌男』は、まさに異界人なのであり、その姿を見つけた瞬間に突如として日常は非日常と化してしまう。普段はあまり意識していない隙間が、ふとした瞬間やけに気になることはないだろうか。人間は、一度気になり出すとその後もずっと気になってしまって仕方がない動物だ。そうなると、その隙間について色々な思いを巡らすようになる。もし、隙間をモティーフにした怪談話でも思い出したら……突如その隙間が、おそろしい世界に見えてくるだろう。そういった恐怖や不安が、このような話を作り出すのだと考えられる。実際にこの「何かが家の中に潜んでいる」という妄想に悩まされている人は多く、一種の精神病だと考えられてもいるらしい。それだけ、人々にとって家の中、そして隙間というものは特別な意味を持っているということであろう。
 この噂は、ストーカー問題にも関係があると言えるだろう。現在、ストーカーによる犯罪、殺人事件などは増加している傾向にある。しかも、犯人は被害者と親しい間柄にあるということも珍しくない。事実、恋人のストーカーをしていた男性が、それが発覚した際、自らの命を恋人の目の前で絶つ、という事件も起きたばかりだ。ストーカーの加害者は、自分がストーカーであるという自覚が無い場合も多く、加害者と被害者の意識差が、事件を泥沼化させる一因である。

 以上の事柄を踏まえた結論として、噂の信憑性は非常に高いと言える。噂の詳細については、物語性を追求した娯楽要素の強いものになってはいるが、現実にこれに近い事件は多発している。実際に起きた事件が「ベッドの下の男」伝説を作り上げたことは、ほぼ間違いないだろう。
 近年、家庭内の繋がりは元より、他の家庭との繋がりが乏しくなっている。個々の意識上に「日常」が存在しているため、他の侵入や異質なものに対して、昔以上に敏感になっていると言える。そのような意識が、この手の噂話を生み出していくのだろう。


以上


御影探偵事務所所員
結城 璃亜


※尚、この報告書は、同事務所所長、御影 紫季の管理下において、永久に保管されるものとする。


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