ファイル000 名前の無い本T



――――ある図書館の最奥に、ひっそりと所蔵されていた一冊の本。
 (ところどころ抜け落ち、虫食いも酷く、もはや本としての意味をなしていない。
 著者が書かれている部分は、不自然に破かれている)



――『都市が生み出す謎、侵食される世界』


(2/?ページ)
 この世は、不可解なもので満ち溢れている。
 それもそのはず。
 この世界を創り出した人間という存在が、不確かさと曖昧さを極めているのだから。

 そんな、謎が集まり、分散していく場所――――都市。
 都市という概念は非常に危うく、そもそもその存在をしっかりと、確実に見出すことは不可能である。
 人々の思いによって形を変え、揺れ動き、時にその姿を消滅させ、かと思えばいつの間にかすぐ隣に存在する不思議な空間。
 ふよふよと、形の無い、そんな存在が都市。

 アナタは、都市伝説という言葉を耳にしたことはあるだろうか。
 都市伝説とは何か。その定義はとても曖昧で、これといった説明は難しい。
 ただ、簡単に説明するのなら、それは「現代社会に蔓延る、本当にあったとされる信憑性の高い噂話」とでも言えるだろう。
 都市伝説語りには「友達の友達が実際に体験したんだけれど……」というくだりが付くことが多い。決して、自己の体験談ではなく、近しい人間の体験談として語られる。

 信憑性が高い、それはつまり「事実性の高さ」と同意である。すぐに嘘だと分かるような噂は、さほど広まりはしないし、そもそも「伝説化」などしない。
 アナタはこんな話をご存知だろうか。

――「死体洗いのアルバイト」。

 数ある都市伝説の中でも、今だ「真実だ」として不動の人気を治めている有名な噂である。内容は実にシンプルで「死体を洗うアルバイトがあるらしい。高収入を得ることが出来る」というものだ。
 この噂の真偽について論議することは、今ここではやめておく。ただ、この手の「信憑性の高い噂」は、人々の中ではもはや「事実」と化していることには注目したい。

 事実……この問いかけには「ノー」と答えざるを得ない。
 研究者は、あくまでもこの問題について「科学的」、「論理的」に考証しなくてはならないからだ。
 都市伝説の多くは、理不尽さと不条理さで出来ている。これを、いかに現実的に解明していけるかどうか……それが、研究者たちの手腕というものだろう。

 しかし、都市伝説のような、実体のあやふやな存在を、どうやって掴むことができるだろう。
 掴めたと思ったら、するりと抜け出ていく、そんな存在を。



(147/?ページ)
 謎は謎のまま残しておくことに、意味があるような気がしてならない。
 最近特に、そう思う。

 世の謎に触れることが、一種の禁忌のように感じられる。
 もし研究することが禁忌ならば……私は間違いなく、禁忌を犯しているのだろう。
 そしてその代償は、私が思っている以上のものに違いない。


(170/?ページ)
 最近、日常が崩れてきているような気がする。
 世界が壊れてきている
 これが代償ならあまりにつらい

 私は好奇心に殺される。



(この本の出版年月日は不明。出版社は既に倒産している)


ファイル000 終


return>>