「え?お祭り?」



特にすることもなく、暇を持て余していたある日、一本の電話がかかってきた。

相手は優子。

どうやら夕方から優子の家の近くでお祭りがあるらしく、もう少しで家の置物と化すところだった私は、その誘いに一も二もなく飛びついた。
ところが・・・







「もうほんっっとムカツク」

嬉々として待ち合わせ場所についた途端、優子は不機嫌な顔をあらわにして私にこう言った。

「だって聞いてよ!1か月前から約束してたのよ?それを急に先輩に呼ばれたからって、普通彼女とのデートをドタキャンする?
こっちだって前から髪型考えたり、浴衣新調したり、色々準備してたのに!!」


どうやらあのイケメン彼氏さんと一緒にお祭りに来るはずが、急なキャンセルが入ったらしい。
彼女が言うように、確かに今日の優子はとても輝いて見える。

髪にはシルバーの簪が挿してあり、大きな藍色の花があしらわれている浴衣が大人っぽいこの娘には本当に似合っている。
ほんと、これを見れない彼氏さんはもったいない。とりあえず記念に写真は撮っておこう。ナンパにも気をつけなくては。


「まあまあ、折角可愛い格好をしているのに、眉間にシワ寄せてちゃもったいないよ!残念だろうけど、何か緊急の用事だったのかもしれないし。
お祭りなんてまだ別のところでもあるじゃない?今回は私たちで楽しもうよ。美味しそうなもの沢山あるし、今日は制覇しちゃお〜ww」



すると彼女は申し訳なさそうに、


、ごめんね。急に呼び出しちゃって。しかもこんな愚痴まで聞かせちゃって・・・。」

と私に謝ってきた。そんな姿もやっぱり可愛いから。

「いいの!ちょうど何もしてなくてお母さんに怒られたところだったの。お祭りに行くって言ったら嬉しそうに『夕ご飯済まして来てね』だって。」

半目で、さっき親に言われたことを報告すると、彼女は笑って「じゃあ行こうか」と言って歩き出した。





ここのお祭りには初めて来るけど、なかなかの混み具合だった。
皆がみんな、屋台に気をひかれつつ歩いているので、肩や手が幾度となくぶつかる。
大人の人にもそうだけど、小さい子にはなおさら気をつけないと。こんなところで迷子にでもなったら大変だ。


ふと、昔両親と三人でよくお祭りに出かけていたことを思い出した。
小さい私はよく迷子になる困った子供だった。
普段目にすることが無い屋台や見世物小屋の賑わいが楽しくて、そしてめったに着ることができない浴衣が嬉しくて、いつの間にか両親の手を放してしまうのだった。


『ねぇ、お父さん!あれ見て・・・?』


気づくと、右を見ても、左を見ても私のことを知っている人たちがいない。そう自覚した途端に、友達が言っていた言葉を思い出す。


『見世物小屋で迷子になると、永久に出て来られないんだって…』


今にしてみれば子供用の“怖い話”だし、実際に見世物小屋に入るわけでは無かったのに。あの頃の私はまだそんな迷信を信じるほど子供だったので



お祭りに来ている人の中に紛れて誰かが私を攫いに来るのではないか。


両親ともう二度と会えなくなるのではないか。


そんな妄想とも言える考えが頭の中を支配した。

ゆらゆらと揺れる沢山の大人たちの影が、どうしようもなく怖くて怖くて。
大きな声で泣いていると、いつも決まって慌てた父と母が迎えに来てくれた。
私は嬉しくて、そして闇に潜む“何か”が去ったことに安心して、一人でいるときにも増して大泣きしたのだった。




?どうしたの?」

気づくといつの間にか歩みが止まってしまっていたらしかった。慌てて優子のところに駆け寄る。

「ううん、ごめん。なんでもないよ。ちょっとぼーっとしてた。それより、何食べる?私もうお腹ペコペコ〜。」

慌てて話題をそらす。

いけない、今はトリップしてる場合じゃなかった。


「私はとりあえずチョコバナナね。待ってて。ジャンケンに勝って、あなたの分までもらってあげるからね。」

「優子…。」

一見クールに見えるこの娘は、なぜこう意外なところで熱くなるのか。面白いなぁ。

屋台のおばさんにけんか腰でジャンケンを挑もうとしている(勝つともう一本もらえるシステムらしい)優子だったが、何故か急にピタッと動きが止まった。


「優子?どうしたの?」

「…電話。」

振り返って私の方を見た優子の眉間には、またしてもシワが寄っていた。
さっきまで無かったはずなのに。


「彼氏さんから?」


私の優子は『そう』と答えると巾着から携帯を取り出し、そのままプツリと切ってしまった。


「ちょっ、なにやってんの!?」

「いいの。」

不機嫌をあらわにした優子はそのまま巾着へ戻そうとする。


すると、またブブブっと携帯が震えだした。

もう。

「出てあげなよ。何か急ぎの用だったらどうするの?」

「どうでもいいわよ、あんなやつ。」

「どうでもよくないよ。喧嘩してそのままなんて一番ダメだよ。怒るなら怒るで、事情を把握してからじゃないと何もできないでしょう?
私ならちょっとこの辺を見ているから、電話してきなよ。」

「そんなこと…!」

「いいから。私はこれからやきそばとお好み焼きとあんず飴とわたあめを食べて、型ぬきと射的と金魚すくいとヨーヨー釣りをやらなくちゃいけないから忙しいの。
だから優子はゆっくり話をしてきて。」

「随分詰め込んだわね。太るわよ」

「ほっといて。んじゃね。」


軽く手を振って、私は優子を背にして歩き出す。


少し躊躇った声で、優子は

「うん……ごめん、。すぐ戻るから!」

と言うと、すぐに走って行った。

下駄のカラコロッという可愛い音が、徐々に遠ざかっていく。
青春だなぁ・・・。




「さてと、私はどうしましょうかね。」

あぁは言ったものの、やっぱりお祭りを一人で楽しむのは少し難しい。やりたいことや食べたいものはあるけれど、果たして満喫できるのだろうか。

「でもとりあえず優子が帰ってくるまで」

少し近くを見て回ることにする。


どこに行こうかな?



☆金魚すくい
☆ベンチで休憩
☆射的
☆わたあめ
☆お面屋さん
☆花火


トップへ戻る

2013年夏企画……という名の、リハビリ企画SSです。
もう本当に、何年ぶりにときまほを書いたんだろう……。青さん作となる、各キャラのSS、どうぞご堪能下さい。……あ、管理人はちょこっとしたオマケで参加してますので、見つけた方はこちらもどうぞお楽しみ下さい。
それにしても、本当に長らく放置してしまって、本当に申し訳ありませんでした。これからは、亀の歩みではありますが、もう少しまともにサイトを更新していけるように頑張ります……! ね、青さん?

2013年8月13日 桃井柚