エピソード13 軌道修正不可。よって……


「ちょっと! 楓先生!! こ、ここここれって……!!/////」
「よぉ、夜遊び女子高生。身体の調子はどうだ?」
「はい、お陰様で……って
ちがーう!!

 私はここが保健室だということ、相手が教師だということ、そしてもうすぐ授業が始まるってことも忘れて……

1、怒鳴る
2、恥ずかしがる

――――おぉ、まだ楓ちゃんルート続いてるのか! ていうか、さっきまでのはメインルートで絶対通るシナリオなんだろうなぁ。ってことは、ここら辺で楓ちゃんの好感度上げないとダメだよね。んー、でも、さっきまでのがメインって……汗 このゲーム、年齢制限間違えてるんじゃ……。あ、どうしよう。やっぱここは、照れる///で☆

「せ、先生っ、これ……これ、き、き、キスマークってやつじゃないですか! 何でこんなの……っ/////」
「ああ、そうだ。そんなのも知らなかったのか。ウブだねぇ、ちゃんはv」
「なっ……」

 楓先生は、ニヤニヤしながら私を見ている。
 対する私と言えば、全身真っ赤に違いない。は、恥ずかしいっ……!!

「うっ……酷いよ、先生。私、このせいで朝から優子にからかわれて……相手は誰とか聞かれて、もう死にそうになったんですよ!?」
 思わず目尻に浮かんだ涙を見た楓先生が、うっと声を漏らす。
「お、おい……何も泣くこたねえだろ……」
「だって……私、こんなの……知らない。楓先生が、私を子供ってからかうから……私、どうせ子供だけど……でも……うっ……」
「〜〜〜〜あ〜〜、悪かったよ! 俺が悪かった! 全部俺が悪い、うん。だから、もう泣くな……教え子に泣かれるなんて、俺の教師道に反するんだよ」

 そう言うと、楓先生は私の額に両手をかざす。
 ふわっと涼しい風が通り過ぎた。
 直後、火照っていた身体と、熱くなっていた瞼がスッと冷えた。

「……楓先生…………」
「応急処置。一応、乱れてた気も調整しといた。これで、授業も万全だろ」
 楓先生はフッと笑って、私の頭を撫でる。
「マジで悪かったよ……。お前がそこまで気にするなんて思わなくてよ。でも……お前の反応が当たり前で正しい。俺が悪かった、本当に」
「……もう、いいです。私も、先生には……色々助けてもらってるし……これからも、助けてもらうし……」
 鎖骨の跡を、そっと楓先生がなぞる。
 ぞくっとした痺れが走り、思わず身を縮ませると、楓先生は困ったように微笑む。
「……ったく、マジでお前は可愛いな」
「え……」
「今時珍しいくらいに、可愛いって言ってんだよ。こんなヤツ、滅多にお目にかかれねえよ」
「……それって、貶されてるんですよね」
「褒めてんだよ! ほら、そのキスマーク、ちゃんと消してやるから」
「え?」

 楓先生はにっこり笑って、私の鎖骨に手を当てる。
 そして、静かに詠唱を始めた。
 もしかして、魔法で……?!

 そう思った私は……

1、楓先生の手を掴んだ
2、何もしない

――――これって何!? もしかして、キスマーク消さないで!!とかって主人公言えちゃう系なの!? そりゃあもちろん消さないでしょ!! 1をぽちっ☆

「先生っ、ダメっ!!」
「は?」
 咄嗟に楓先生の手を掴んだ私は、そう言って楓先生を見上げた。
 驚いたように目を見開く先生は、困惑気味に言う。
「お前、何やって……」
「あ……ご、ごめんなさい。私、何で……」

 自分でもよく分からなかった。
 ただ、何か……この痕が消えちゃったら、昨日のこと、全部無かったことになっちゃうような気がして……寂しかった。

「……消さなくて、いいのかよ」
「うん……消さないで……」

 私を見た先生が、フッと視線を外した。
 俯いたまま、こっちを見ようとしない。

「……楓、先生?」
「……こっち見るな」
「へ?」
「だから今、こっち見るなって言ってんだよ」
「な、何で……」
「何でもいいんだよ! いいか、絶対こっち見んじゃねーぞ!!」
「は、はい」
 ギシギシと音を立てるように、変な動きをする楓先生。
 あ、白衣の裾が椅子に引っかかってる……!
「楓先生! 裾が――――」
「うおっ!? げ――――」
 白衣に重心を取られ、そのまま仰向けに倒れる先生。咄嗟に手を伸ばした私も、そのまま巻き込まれる。

――――ドンガラガッシャーン!!

「っつ……痛ってえ……!!」
「あいたたた……先生、大丈夫?」
「ぐあぁ!! こっち見るなーーー!!!」

 顔を背けた楓先生。
 その顔は、飄々としている雰囲気からは想像も出来ないほど真っ赤に染まっている。

「先生、大丈夫!? 顔、真っ赤ですよ!!」
「だ〜〜〜〜っ、大丈夫だ大丈夫! だから俺から離れてくれ!! 頼む!!!」
「へ、あ、ご、ごめんなさいっ」
 慌てて立ち上がる私に、楓先生は仰向けに倒れたまま動かない。
 本当に大丈夫……?汗
「悪い……しばらくこのまま休むわ」
「え!?」
「お前もテスト遅れるぜ……もう行けよ」
「で、でもっ」
「頼むぜちゃん……俺をこれ以上困らせるなって」
 その言い方が、何となく本気で困っているようで……私は何も言えなかった。
「う……失礼します」
 そう言って扉に手を掛けると、寝転んだままの楓先生が、静かに手を振った。






「……あぁ、マジでヤバかった……」

 静かになった保健室で、楓は頭を擦りながら起き上がった。
 その顔は、まだ赤に染まったままで。
 鏡に映る自分の顔を、楓は思いっ切り抓った。
「……しっかりしろよ、俺。何女子高生相手に、欲情してんだよ……」
 
 鏡の中の自分に言い聞かせる。

 もう、誰かを失うのはごめんだろ?
 大切な何かを、もう二度と失いたくはないだろ?
 そう誓ったはずじゃねーか。
 だから……

「……俺に近付いてくれるなよ……」

 そう願う心とは裏腹に、求め始めた本能に楓は気付かないフリをした。
 鏡に映る自分は、情けない程に弱弱しく見えた。
 

――――ぎゃーーーーーっ!!!(嬉)楓先生フラグ立ちました〜〜〜〜〜・:*:・°・:*。・:*:・°'☆♪ おめでとう!! これで楓先生は、主人公にドッキュンし始めたわけですよね!? やりました!!!!もう楓ちゃんが何と言おうと、私は楓ちゃんに近付きますよ♪堕ちる処まで堕ちましょうや(最低)







 それから私は、薫ちゃんに力を奪われる日々を過ごした。
ちゃん……好き……好きなんだ……」
「っ……かおる……ちゃん…………もう……やめてよ……っ……」
 薫ちゃんの腕の中はいつも熱くて、身体が燃えて無くなってしまいそうな気分になる。
 薫ちゃんの悲しみが、私の全てを焼き尽くしてしまうんじゃないかって。
 でも、私は薫ちゃんから離れられなかった。
 
 それは依存なのか、同情なのか。
 自分でも分からなかった。

 ただ、それでも私は、薫ちゃんのことが嫌いになれないでいる。
 このままじゃいけないと思いつつも、薫ちゃんの思うようにさせてあげたいとさえ、最近は思うようになっていた。

 そして、やりきれない想いを抱えたまま、気付けば実力テストを迎えた当日。
 何事も無かったかのように、テストが始まって少し不思議な気分になる。
 思ったよりも順調に進んでいる気がした。
 薫ちゃんのこととか色々考えることはあるけれど、意外とテストに集中出来ている自分がいる。

、どうだった?」
 初日のテストが終わり、帰り支度をしている最中に優子が話しかけてきた。
「うん、まあまあかな」
「お、その顔は結構自信ありって感じ?」
 他愛もない話をしていた時だった。ぐらりと視界が歪む。
?」
「っ……」
 ふらつくと、教室の入り口に見慣れた人影が立っているのが見えた。
 近付いてくるその姿に、頭がどんどん熱くなっていく。

 身体が、危険信号を発しているのが分かる。
 ダメだ。近付いちゃダメだ。
 そう言っているのが分かる。

ちゃん、帰ろ?」
「薫……ちゃん……」

 目の前に現れたその姿を見た瞬間、身体中の血が沸き立つ。
 熱い。なのに、寒気がする。

「? どうしたの?」

 いつも通り、人懐っこい笑みを浮かべた薫ちゃん。
 その笑顔の裏にある黒いものは、きっと私しか知らない。

「宮田薫、何でアンタがここに……」
「優子先輩、ちゃん借りてきますね! じゃあまた明日♪」
「あ、ちょっと――――」

 訝しげな顔をする優子に、私は曖昧に微笑むしか出来なかった。
 掴まれた腕から、段々力が抜けていく……。



「……ちゃん」
 廊下を歩いている途中、薫ちゃんが立ち止った。
 振り返ったその瞳が、ゆっくりと細められる。

「良かった……ちゃんが来てくれて」
「え……」
「もう……学校へ来ないかもって……いつも不安で……。俺にはもう、会ってくれないんじゃないかって……」
「薫ちゃん……」
「だから……良かった……」

――――わあっ! 薫ちゃんの笑顔どあっぷ!!! か、可愛いっ……!!! 黒さが全く見えなくて、何か……泣ける。・゚・(ノД`)・゚・。

 そう言って、薫ちゃんは本当に嬉しそうに笑った。
 最初の頃見た、薫ちゃんの心からの笑顔だった。

 トクンと、胸が鳴る。

 やっぱり薫ちゃんは、心の綺麗な優しい子なのだ。
 人一倍純粋だからこそ、黒いものにも染まりやすい。
 だから、彼を絶対に助けたい。
 本当の笑顔で、ずっといられるように。

「薫ちゃん……私はずっと、一緒にいるよ? 薫ちゃんは一人じゃないんだから」
「……うん」

 少しだけ寂しそうに、でも、またすぐに黒さを宿した瞳で薫ちゃんは笑う。
 その直後、私はぎゅっと抱き締められた。

……もっと俺に、力をちょうだい……」
「薫……ちゃ……ん……」
「まだ……まだ足りないんだ……もっと、もっと力を……」
「薫……っ……」

 薫ちゃんの腕が、身体に食い込む程強く抱き締められて、息が出来ない。
 でも力が入らなくて、苦しいのに抵抗も出来ない。

……もっと欲しい」
「!?」

 顎を捕らえられ、そのまま上を向かされる。
 その双方の真っ赤な瞳に、私が映っている。

 ダメ……このままじゃ、また……!

 私は咄嗟に……

1、薫ちゃんを突き飛ばす
2、そのまま身を任せる

――――キスされる前に、この選択肢!? 薫ちゃんを助けるためには、これ以上好きにさせちゃあいかんでしょ。さっきもそれでバッドエンドになっちゃったし!!
 ここは心を鬼にして、ごめん! 突き飛ばします!! バイバイ薫ちゃん!!!


「っ……いやっ!!」

 ドンッ、と私は薫ちゃんを突き飛ばした。
 少しだけ驚いたように、悲しそうに、薫ちゃんは私を見ている。

「……ふーん、まだ抵抗出来る力は残ってたんだ? 残念」
「っ……薫ちゃん……!」

 膝が震えて、がくっと力が抜ける。そのまま、へなへなと座り込む私に、薫ちゃんはいつも通りの悪戯な笑みを浮かべて言った。

「ごちそうさま♪ また明日ね?」
「薫……ちゃん……」

 薫ちゃんはそのまま、私を置いて行ってしまった。
 薫ちゃんの姿が完全に見えなくなった途端、私の中で張り詰めていたものが切れた。

「うっ……うぅっ……ひっく……」

 分かってる。
 薫ちゃんもきっと、一人で泣いている。
 私が傷付いた以上に、彼は傷付いている。

 そう分かっていても、涙が止まらなかった。

 振り返らない、そう決めたはずなのに。
 現実はやっぱり、私の心に重く圧し掛かる。
 
――――辛い。痛い。苦しい。悲しい。寂しい。

 そう言った感情が、後から後から溢れ出てくる。

「どうしたら……私、このままで……いいの……? 薫ちゃん……痛いよ……」

 そのまましばらく、私は泣き続けた。
 そんな私をじっと見つめる、涼しげな瞳にも気付かないまま……。

――――え!? うっ……きゃーーーーーーーっ!!!!!! 静が、静が見てた!!!!(悦) 廊下の影で、腕組んでこっち見てる!!!! キタ━━━━(゚∀゚)━━━━ッ!! ってことはアレ!? 薫ちゃんと主人公の関係知っちゃった感じ!? これは波乱の幕開けだーーーーーーー!!!! ていうかこの静、マジでカッコよすぎる!!! 何このシリアス顔!! くぅ〜〜この冷たい瞳が堪らん!!!!( ゚∀゚)・∵ブハッ!! 萌える〜〜〜〜〜(´艸`)あぁー、静、助けて!! 薫ちゃんに食べられてる(おい)主人公を助けてあげて!!!←お前を助けてもらえ



「ひでえ顔だな……」
「楓先生……」

 楓先生の顔を見たら、ほっとして力が抜けた。そのままふらっと倒れかかった私を、楓先生が抱き止めてくれる。
「……宮田、か」
 何も言えずにいると、溜め息が返ってくる。
「……校内で、嫌な気の流れを感じて、もしかしたらって思ってたが……アイツ、本気でお前を……」
「このまま毎日……毎日薫ちゃんに力取られちゃったら私……」
 自分で言って、震えてしまう。
「……私、死んじゃう……よね……」

 前に、それは言われたはずの言葉だった。
 楓先生が、涙を流しながら言ってくれた。
 でも、自分で言ったら、妙にリアルさを帯びた。明らかに、身体がおかしくなっているのを感じる。昨日のそれよりも、身体が重くてだるいのだ。今でも、このまま気を抜いたら意識を失ってしまいそうだった。

「……私、甘かったのかもしれない……」
「……」
「私の甘さが……薫ちゃんを、逆に追いこんだらって思うと……居たたまれなくて……」
……」
 言っているうちに、また涙が溢れてくる。
「……こんなに、こんなに……辛いものだったんだね……気持ちがブレて、身体が重くて動かなくて……頭が痺れて……ちゃんと考えられなくなっちゃうの……」
 ぽろぽろと零れる涙。でも、私は言うのを止めなかった。
「薫ちゃんの痛みが……私にまで届くの……。薫ちゃんの悲しみや辛さが……痛くて……痛くて……私、どうしたらいいか、分かんないっ……」
……!」

 先生に抱き締められた。
 ほわっとした暖かな大気に包まれ、気力が回復していくのが分かる。

 先生が、回復してくれてるんだ……。

 今までの辛さや痛みが嘘のように、私の身体はすっかり軽くなった。ネガティブな心さえも、どこか遠くへ行ってしまったように感じる。

「楓ちゃん……すごい。何か私、すっごく元気になりました」
「俺を誰だと思ってんだ? 天下のまほアカの天才イケメン保険医、西之園楓様だぜ? こんなん朝飯前だっつーの」
 ピコンと私のおでこを叩くと、楓ちゃんは笑った。
「……うん。先生、ありがとう……」
「まあ……こんなことしかしてやれねえけど……俺を頼って来い。絶対に、お前らを助けてやるから」
「……楓ちゃん、大好き!!」
「へいへい。俺も生徒は皆愛してるぜ」

 照れたように微笑む楓先生に、私は胸の中がほかほかと温まるのを感じていた。
 先生がついててくれるなら、きっと大丈夫。
 薫ちゃんも、きっと――――。



――――さて、ここらで一旦セーブしようっと。
テスト初日が終わって、こっから波乱の幕開けって感じだけどどうなるんだろ……。ていうか、今の好感度ってどんな感じになってるのかしら……。
何となくだけど、晋也とオーナーがちょっと低い気がするんだよね……。あんま構ってなかったし。楓ちゃんも構ってなかったけど、今回ので一気に上がったような気がするし……。野中先生は前に休日デート(勘違い)したしなぁ。あぁ、どっかでこの二人の……っていうか、考えてみたら静もあんま高くないんじゃ……。この三人の好感度上げないと、逆ハーは難しいよね(
あくまでもまだ逆ハー狙い
 ていうかこのゲーム、メインルートなのかフラグ後なのか分かりにくいよ! 楓ちゃんとか、これメインでいいのかって展開だしさぁ。薫ちゃんにしたって、これは薫ちゃん寄りなのか違うのかいまいち分からないし……!!
 でも……多分間違いなく、これ薫ちゃんルートだよね……(;´▽`lllA``  薫ちゃんルートだってことは、他のキャラは落とせないのかな? それとも、薫ちゃん寄りの誰かのエンドっていうのもあるのかも。うーん……分からん。とりあえずなるようになれ! だ。




――――テスト二日目。

「行ってきます」

 昨日、楓ちゃんに回復してもらったおかげで、私は元気が漲っていた。
 もっとちゃんと、薫ちゃんと話さないと。
 きちんと話し合って、解決策を見つけないといけないのだから。

 電車に揺られていると、肩を叩かれた。

「きゃっ」
「うわっ、驚かしちゃった?」
「薫ちゃん!」
「おはよー☆」

 薫ちゃんが、ニコニコと笑っている。しかしその笑顔は、やっぱり少し翳っていて……胸が痛む。
 私は……

1、笑顔で挨拶する
2、俯く
3、黙って見つめる

――――ぐ……微妙な選択肢。朝だしねぇ……。2は無いとして……1か3は迷うね。黙って見つめたら、薫ちゃんには響くのかねぇ……。分かんないけど、とりあえず3で行ってみますか。えいっ。

「……」
 言葉に出来ない想いを薫ちゃんにぶつけるように、じっとその紅い瞳を見つめた。
 真っ赤な、燃えるような薫ちゃんの瞳。
 その双方に私が映り込んだ時、薫ちゃんはフッと私から視線を外した。
 丁度電車が駅に着き、薫ちゃんはそのまま先に降りてしまった。
「か、薫ちゃん……!」
 慌てて追い掛けると、薫ちゃんが困ったような顔で振り返った。
「……どうして?」
「え?」
「俺に近付いたら、また…」
「……薫ちゃんが、また明日って言ったんじゃない。私は薫ちゃんにトコトン付き合うって決めたの。今更、何言ってんだか!」
ちゃん……」
 
 薫ちゃんは、しばらくの間の後、小さく頷いた。
 そして「……ごめんね」と付け足した。

「……ごめんって思ってるなら、あんまり無理させないでほしいんだけどな」
 ちょっと意地悪っぽく言ってやると、薫ちゃんは「うっ」と唸り声を上げる。

 ……こうやってると、何だか昨日までが嘘みたいなのに。
 私は、わざと軽口を叩く。

「あーあ……薫ちゃんのせいで、何だか今日は、お肌のツヤが足りない気がする〜」
「うっ」
「あーあ……薫ちゃんのせいで、身体がおもーい」
「うぅっ」
「あーあ……薫ちゃんのせいで――」
「ごめん! 本当にごめん……! ごめんごめんごめんっ!」
「謝って済むなら、こんなことにならないハズなんだけど」
「……ごめん」

 本気で申し訳なさそうな顔をする薫ちゃんを横目に、私は苦笑した。
 昨日、あんなに狂気に満ちた瞳を私に向け、力を奪っていた人と同一人物だなんて思えなかった。

 今はこんな風に私を見るのに、またしばらくしたら、あの、狂気を孕んだ瞳で私を見るの?
 悪びれもせず、ただ笑いながら私を蝕むの?
 私が動けなくなるまで、また私を侵すの……?

 ねえ、薫ちゃん。
 本当の君は、どっちなの……?

――――うーん、ジレンマだねぇ。薫ちゃんも、感情の波があるんだろーな。何となく、夜になると段々酷くなってく感じ?? うーん……ちょっとメンドイ(酷)薫ちゃんは可愛いから好きだったけど、ここまでメンドくなると正直ウザくなってくる気がする……私、飽きっぽい☆エヘ♪(おい)

 私たちは、とりとめもない話をしながら一緒に学校へと向かう。
 
 傍から見たら、何の変わりも無い二人なのに。
 その内側は、大きく歪み始めている。
 そのことが、とても悲しくて、辛かった。



 校門に差し掛かったところで、誰かに呼びとめられた。見れば、静が壁に寄り掛かってこちらを見据えていた。

「静……お、おはよう」
「おはよう」

 口調は穏やかだったが、静の周りは明らかに冷ややかな空気が流れている。
 深い海色の瞳は、これ以上無いくらいにの冷たさを纏っている。静が見たモノは、全て凍りついてしまうんじゃないかっていうくらいに……。
 思わず、肩を震わせてしまった。

「――――おはよ、静先輩。どうしたんですか、こんなところで」
 薫ちゃんが、私の抱き寄せるようにして言った。明らかに、静を敵視した態度だった。それを見ても、静は微動だにしない。ただ、瞳の冷たさが一層増したように見えた。
、体調は平気?」
「え?」
「……具合悪そうだったから」

――――ドキンッ

 体調悪いの……気付かれてた?

 私は静に向かって微笑んだ。
「大丈夫だよ。昨日、帰りに薬買って帰って寝たら、今日はもう全快! 心配してくれてありがとう」
 薫ちゃんの腕を抜け、私は静に駆け寄る。すると、少しだけ驚いたように静が私を見た。
 
 ごめんね……静。
 でも、私たちのこと、知られちゃいけないと思うから。
 友達にも、絶対……。

「……静、あんまり寝てないでしょ?」
「え……」
「目の下、クマ出来てる。勉強のしすぎだよ、絶対! 優等生もカッコイイけど、たまには休まないと身体壊しちゃうよ」
 そう言って、ちょんと鼻先をつつくと静は俯いた。
「…………じゃない」
「え?」
「俺は……優等生なんかじゃないから」
「静……?」

 静の瞳が揺れている。
 苦しそうに、眉根を寄せて私を見つめている。
 その表情に、胸が詰まる。

 どうして……そんな顔するの……?

「……静先輩、俺のに近付かないでもらえます?」

 ぐいっと薫ちゃんに腕を引かれる。でも、私は静の揺れる瞳から目を逸らせなかった。
 静は何か言いたそうにして……止めたようだった。そしてそのまま、冷たい視線を薫ちゃんに向けた。

「っ……」
 薫ちゃんが、息を呑んだのが分かった。
 
 静……どうして……。

 静は何も言わずに、私たちに背を向けた。
 その後ろ姿は、今までに無い程に冷たく感じられた。

――――こ、これは……まさに「どうしてがコイツに力をあげることになってんだよこんちくしょー!」的なやるせない思いを抱いてるってことですよね!? くぁーーーーっ! 静、どうしようもない二人をどうにかしてやってくれ!! ていうかこれって、静、主人公が心配過ぎて夜眠れなかったってことだよね……!! なのに元気な主人公が憎いぜ!! あ、楓ちゃんは悪くないけど!!



「はぁ……」
 昨日に引き続き、テスト自体は順調に進んでいた。

 気になるのは静のことだった。
 今朝、あの会話以降一度も話していない。
 静は何を言おうとしていたのだろう……。

、ちょっといいかな」
「はいっ!?」
 突然、当の本人から話しかけられ、思わず声が裏返ってしまった。
 そんな私を見て、静は目を瞬かせ……小さく笑った。その笑顔は、私をとても安心させた。
「フフッ……そんなに驚いた?」
「ご、ごめん……ちょっと、考え事してて……」
「……宮田のこと?」
「え!?……ど、どうして……」
「朝も一緒に登校してたから。最近、よく一緒にいるみたいだし……仲良いのかなって思って」
 少しだけ寂しそうにそう呟いた静。私は曖昧に微笑んだ。
「うん……仲良し、かな………あは…は……」

 言葉の続かない私を、静は黙って見つめている。
 その瞳に見つめられると、何かもが見透かされているような気になる。

 静にもし、薫ちゃんのことがバレたら……。
 そう思うと、私は……

1、(静に嫌われそうで怖い)
2、(静なら良い解決法を提示してくれるかもしれない)

――――なんちゅー選択肢なの!! そりゃあ怖いわよ!! 嫌われちゃうでしょ!! でも……確かに、静なら何かいい方法考えてくれるのかもしれないけど……いやでも、逆ハーってどっちに行けば……。あぁ、何かこれで晋也だったら間違いなく話すんだけど……!! 晋也、カムバーック!!!(何を今更)
 これはもう、隠したいよ! 
乙女なら、この黒属性には隠しごとしたいよ!!(意味不明)
 いやでも……まてよ。ここで話す方が、静を信頼してるってことになるんじゃないの? 隠しごとする方が、好感度下がるような気がする……。ここは静に話しちゃえ!!


 ……静なら、何か良い解決法を提示してくれるかもしれない。
 何故かそんなことを思う。

 それは、海色の瞳に酷く惹かれるからなのか。
 全てを委ねたくなるような、広さと深みを帯びた瞳に魅せられたからなのか。
 どちらにせよ、静といると私は不思議な気持ちになるのだ。
 

「静、あの……」
「そうだ、。オーナーが、テスト終わったらビシビシ働けって言ってたよ」
「え――――」

 静はそう言って、立ち上がる。

 その瞳は、いつもの静で。
 柔和な笑顔も、いつもの静だった。

 敢えて会話を終わらせた意図が掴めない私は、ただ彼を見つめることしか出来ない。

「静……私……」
、気分転換に久々にバイトに行かない?」
「え?」
「まだテストは残ってるけど、明日は一個だけだろ? こう言っちゃ何だけど、特に勉強が必要っていう科目でも無いよね」
「う、うん……まあ……」
 確かに、明日は魔法芸術論という、魔法と芸術を融合させた文化についてのテストだった。
 これは、自分の好きなテーマを選んで、それについて自由に意見を書きだすという趣旨のもので、ほぼおまけに近い位置付けだ。勉強しようが無い。
「じゃあ決まり。シフトは入ってないけど、雑用とかやることは沢山あるだろうから」
「静……」
「働けば、嫌なことも少しは紛れるかもしれないよ」
 静はそう言って、優しく微笑んだ。
 その笑顔を見て、私は何故か泣きそうになる。

 静は……気付いてるのかもしれない。
 ……いや、きっと気付いてる。

「……うん。ありがとう……」

 少しだけ目を細めた静は、そのまま私の腕を引いた。
 静に掴まれた腕の辺りが、熱を持って全身に伝わるような気がした。


――――あーあ、静が気付いてることに主人公も気付いちゃったよ(;´▽`lllA``  でも、これで静ルートに突入した!?(してないだろ) あとはカマとも上手く関われたらいいんだけど……。






 ファントムシティは、相変わらずネオンに彩られていた。
 まだ夕刻を少し過ぎた頃なのに、もう街は夜用に化粧が施されている。

「……あら、アンタたち」

 振り返ると、金色の髪を靡かせたオーナーが立っていた。
 黒塗りの車が脇に控えているところを見ると、今から出勤だろうか。
 静が一歩前に出て、軽く会釈をした。

「こんばんは、オーナー。突然なんですけど、今日、シフト入れてもらうことって出来ますか?」
「それは別に構わないけど、アンタたち今テストじゃなかったの?」
「そうなんですけど、ちょっと気分転換に働きたいって思いまして」
「ふーん……」
 そう言って、オーナーは私を見た。
 何となくバツが悪くなって、俯く。
「……気分転換ねぇ。まあ、いいわ。って言っても、今日は雑用全般になっちゃうけどいい?」
「はい、もちろん」
 静の言葉に、私も慌てて続けた。
「な、何でもやります!」
「フッ……いい心がけね。じゃあさっそく、着替えてきてちょうだい」
 店に入るオーナーを見送って、私たちも従業員口から中へ入る。
、中で着替えて。俺、そこの脇で着替えてくるから」
「え、でも……」
「女の子を外で着替えさせるわけにはいかないよ。じゃあ、また後で」
「あ――――」
 静はそう言って、外へ出て行った。
「……静って、本当に優しいな……」
 呟くと、何となく胸が苦しくなった。

 制服を脱いで、着替える。
 首元から、薄っすらと紅い印が覗く。
「あ……」
 思い出すと、何だか首筋が熱くなる。

ー、まだ? さっそく仕事に入ってもらいたいんだけど」
「あ、い、今行きます!!」

 オーナーの声が聞こえ、慌ててロッカーを閉める。
 働けばきっと、嫌なことも忘れられる……。

――――何かさー、意外とこのゲームってシリアスだしおっもいよねぇ……。




「炎のトイレ掃除入ります!!」


 モップとデッキブラシを駆使して、私は力の限りトイレを磨き上げる。
 キュッキュッという音と共に、トイレがピカピカと輝き始める。
 床のタイルに自分の顔が映る頃には、トイレは見違えるほど綺麗になっていた。

「よし! 次は弾丸のテーブル拭き!!」

 店内に並べられたテーブルを、片っ端から拭き上げていく。
 隣で椅子を並べている静が、苦笑しながら言った。

、力入りすぎ。顔が険しくなってるよ」
「え! あ、あはは……ごめん。何か夢中になっちゃって」
 静はそう言って、私の腕に軽く触れた。
 静の手が冷たく感じ、思わずビクッと腕が跳ねる。
「……ほら、力入りすぎて……震えてる」
「え……」
 確かに、腕が少し震えている。自分でも思っていた以上に力を入れていたようだった。
「あ、あはは……ホントだ。やりすぎちゃった、みたい……」
 静はしばらく逡巡した後、私の手から台拭きを取り、流しにそれを置いた。
「オーナー、中は大体終わったのでビラ配りしてきます」
「あら、そう。お願いね」
「え、あ、静」
も一緒に手伝って」
「あ、うん」
 静はビラを手に、外へ出て行った。私も慌ててその後を追おうとした時だった。

 オーナーに呼ばれ振り返る。すると、オーナーが真剣な表情で私を見ていた。
「お前……どっか具合悪いのか?」

――――きゃー!? いきなりカマ言葉じゃなくなってるんだけど!! どーいうこと!?

「え……」
「元々幸薄そうな顔してやがるとは思ってたが、いつも以上に辛気臭え顔だ。勉強に根詰め過ぎてんじゃねえのか?」
「お、オーナー?!」
「あぁ? んだよ。俺様の顔に何か付いてんのか?」
「い、いや……あの、その……いつの間にか、言葉遣いが……」
「言葉遣い? ……げ」
 心底気まずそうな顔をして、オーナーは髪をかき上げた。
「チッ……テメエがそんなツラしてっからだ……じゃねえ、してるからでしょ! ったく、変な空気出しやがって……って、あーくそ!! 元に戻せねえ! ピリピリしやがる」
 オーナーはそのまま、私に近付いてきた。
「っ……」
 オーナーの顔がぐっと近付き、思わず目を瞑った瞬間。

――――ペシッ!!

「痛っ!」
 額にジンジンした痺れが走る。オーナーにオデコ叩かれた!? 何で!?(涙)
「喝入れてやったんだよ。有り難く思え」
 か、喝って……!?
 痛みで涙目の私を他所に、当の本人はしれっとしている。
「喝って……めちゃくちゃ痛いんですけど!!」
「喧嘩の前にはこれが一番効くんだ。邪気を払って精神統一ってな」
 喧嘩って何考えてんの!? 
 私はキッとオーナーを見上げる。
「私、喧嘩なんてしません!」
「うっせえ! 何があったか知らねえが、そんなツラでいられたらこっちがどうにかなっちまうんだよ!」
「うっ……」
 あまりの気迫と真剣さに、口を噤む。オーナーはバツの悪そうな顔で、目を逸らした。
「……ガキん頃から、第六感に優れてんだよ。魔法使えねえ代わりにな。嫌な予感とか虫の知らせとか、そーいう嫌なモンに縁があんだ。とにかく、俺の勘はよく当たる」
 オーナーはそう言って、私の頬に触れる。
「その俺が、お前から嫌な気を感じてる。これがどういうことか……分かんだろ?」
「オーナー……」

 何も言えずに俯いた私の頭を、オーナーが撫でる。

 ……何となく、気分が落ち着く。
 楓先生とはまた違った温かい気が、身体に入ってくるように感じる。
 私は思わず……

1、「楓先生みたい」と言う
2、目を閉じる

――――うぅ、カマがカッコ良過ぎるよ……!! やっぱりカマはこの言葉づかいに萌えるんだよ〜!! ……ん? でもここで何で「楓ちゃん」が出てくるんだろ。もしかして、楓ちゃんとカマって何か関係あったりするの?? よくありがちな、登場人物同士の繋がりってやつ?! と、とりあえず1を選択。

「楓先生……みたい……」
「……楓?」
「あ、すみません。楓先生っていう保険医の先生がいて……」
 その言葉に、オーナーの手がピタリと止まる。
「楓……って、もしかして、西之園楓か?」
「オーナー、知ってるんですか?」
「……さあな。そんな名前の、いけ好かない野郎がいたような気がしただけだ」
「?」

――――やっぱり! でもこれで、楓ちゃんとカマのフラグが立ったっぽいよね? 二人は一体どーいう関係? は! まさか、元敵対する族のヘッド同士だったとか!? 考えすぎ!? でもそれはそれで……萌える!!( ゚∀゚)・∵ブハッ!!

「それより、お前。今日はもう、帰って寝た方がいいんじゃねえのか。静の野郎も、何だかピリピリしてやがる」
 オーナーには、何だか全部お見通しのようだった。
 魔法は使えなくても、人の心の動きにとても敏感なのだろうか。……元ヤンなのに。

――――いやいや、元ヤンとか関係ないし。

「……心配掛けてすみません。でも、仕事はきちんとして帰ります。ビラ配りだけはしないと」
「まあ、お前がそう言うならいいけどよ。無理はするな。ビラ配り終わったら、今日はもう帰れ」
「はい……じゃあ、ビラ配りしてきます!」

 オーナーに背を向け、私は扉を開ける。背後にオーナーの視線を感じ、私は……

1、お礼を言う
2、その言葉遣いの方が良いと言う
3、何も言わない

――――え”、こんな選択肢ありなの?? だって、お礼言うのは普通だけど、言葉遣いだってとっても気になるし……。3は無いとして、1、2どっちなの!? うーん……カマの好感度的には、どっちのがいいのかな。お礼は普通過ぎるから……ここは敢えて2で近付いとく!? 

「オーナー」
「んだよ」
 振り返った私に、オーナーは片眉を上げる。
「私、オーナーはそっちの喋り方の方が良いと思います」
「あ?」
「絶対、そっちの方がカッコイイですよ」
「また俺様に惚れたか」
「……少し?」
「クッ、ガキが生意気言ってんじゃねえよ」
 扉に手を掛けたまま、私は言った。
「オーナー……ありがとう」
「……別に礼言われるようなことしてねえよ」
「あはは、じゃあ行ってきます」


 オーナーにも心配掛けちゃうなんて、私、ホントにヤバイのかも……。
 ……早く、何とかしないとダメかもしれない……。

――――……これって、カマの好感度上がったのかな(;´∩`) 分かんねえ……!! ていうか結局お礼言ってるし。

「……ったく、言葉遣いが直せないなんて、どうなっちまってんだよ。何熱くなってんだ……」

――――あぁっ!! カマの台詞!! ってぇぇ!! ここでスチル!? か、カマが頬を若干染めてますけど……!? か、可愛い!! 何じゃこのツンデレは……!!

「それにしても……西之園、か……。あの野郎、保険医なんてやってやがったのか」

――――カマ、何か考えてる……。やっぱり楓ちゃんとは何かあったんだな。


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